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「信頼と希望のネットワークをつくる運動に報道の焦点を」~シンポ「憲法25条・生存権とメディア」報告

d0140015_1103489.jpg 19日の土曜日は大学の授業の後、午後から憲法メディアフォーラム開設3周年の記念シンポジムに行ってきました。
 テーマは「憲法25条・生存権とメディア」。憲法25条は最近では生活保護の問題に絡めて論じられることが多いのですが、今回の集会のテーマ設定の根底には、格差と貧困の拡大が社会に何をもたらすかということと、それを報じるマスメディアのスタンスの問題があります。パネリストは現場で非正規雇用の若年労働者の権利擁護に取り組んでいる労働組合「首都圏青年ユニオン」書記長の河添誠さん、NHKスペシャル「ワーキングプア」取材班の板垣淑子さん、日本の貧困に詳しい都留文科大教授の後藤道夫さんの3人でした。
 後日、詳しいやり取りは憲法メディアフォーラムのサイトにアップされると思いますので、ここでは手元のメモをもとに簡単な紹介にとどめておきたいと思います。

 いちばん強く印象に残ったのは、河添さんの報告です。首都圏青年ユニオンは最近では牛丼チェーン「すき家」のアルバイト労働者に、未払いだった残業の割増賃金を払わせる成果を挙げたり、仙台店のアルバイトの残業代をめぐっては、経営会社の「ゼンショー」を労働基準監督署に刑事告訴したりした活動が広く知られています。
 いくつもの具体例を挙げながら河添さんが指摘したのは、ちょっとしたつまずきで転落し、困窮する人が増えていること、一度企業との間にトラブルを抱え離れてしまうと、一気に貧困に転落する、そういうケースが増えている脆弱な社会になっていることです。一方で、若年層の非正規雇用労働者の場合、使用者側に労働基準法を守らせれば大幅賃上げに相当する成果が得られる、ということも指摘しました。労働基準法以下の労働が増えており、具体的には「残業代なし」「有給休暇なし」「社会保障なし」の〝3点セット〟です。「労働問題の課題を解決することが、実は貧困解決と近い」のであり「その解決策を持っているのは労働組合しかない。労働基準監督署も当てにならない。本当に必要なのは労働組合」と河添さんは強調しました。
 マスメディアの報道についても、河添さんは「貧困問題が以前に比べて多く取り上げられるようになり、取り上げ方も深まっている」としながらも「十分に伝わっていないな、と思うのは、困窮する若者が『無権利』の状態に置かれていること。単に賃金が低いだけではなく無権利なのです」と指摘しました。
 また、一人一人のケースには、家族内の人間関係(例えば「いつまでフラフラしているのか。正業に就け」と絶えずプレッシャーを受けるうちに家に居づらくなり、ネットカフェで寝泊まりするようになる)も含めてそれぞれ複数の要素が絡み合っており、それが描き切れていないと貧困を構造的には描けないことも指摘し「意欲そのもの、働く意欲すら失っていき、一人一人がバラバラにされていく。バラバラにされた人たちの声をどうするのか」「金がある人は表現する場所がある。バラバラにされた人たちのネットワーク化が大事」と強調しました。
 河添さんが最後に訴えたのは、マスメディアの役割でした。「生活困窮者はバラバラにされて、持つことができるのは絶望と不信しかない。信頼と希望のネットワークをつくる必要がある。これまでもメディアの中の良心的な人たちに、運動の側が発信する情報を受け止めてもらったが、解決策を持っている労組それ自体がどれだけ報道で取り上げられていただろうか。たくさんの報道陣が取材に来るが、そこが越えられていない壁。本当に必要なのは労働組合。衝撃的な貧困の実例だけでなく、運動自体を報道してほしい」と強調しました。




 NHKの板垣さんの話で印象に残っているのは、「ワーキングプア」の企画を考えた最初のきっかけのことです。
 板垣さんはまず「小泉政権下で、ホリエモンこと堀江貴文ライブドア社長や、年収が億単位のスーパーサラリーマンがもてはやされていたころ、マスメディアは上に目を向け、社会の下に目が届かなかった」と指摘しました。
 「ワーキングプア」の番組づくりにつながる原動力になったのは、岩手県のある公立高校で2週間にわたって取材した就職事情。卒業生の半分は、就職先は非正規雇用かフリーターでした。正規雇用でも、学年のトップの生徒1-2人は自衛隊。次に賃金がいいのは地元のパチンコ店店員。安定した就職先としてはほかに地元の会社に数人でした。働きたくても仕事がない若者たちに出会ったことで、格差社会の下の層をきちんと見ないといけないことが分かり、取材が始まりました。
 これまでに3回にわたって放映された「ワーキングプア」の内容については、ここでわたしが説明するまでもないと思いますが、板垣さんによると、番組に登場してくれた多くの人の中で、その後、境遇が改善されたのは一人だけ。板垣さんは「取材させてもらい、社会に報告したのに彼らが何も変わっていない。そのことを申し訳なく思う気持ちでいっぱい」と話し「貧困を、だれの負担でどう変えるのか。真剣に問われる時期に来ている」と指摘しました。

 都留文科大の後藤さんは、データをもとに今の日本社会の貧困の現状と原因を筋道だって解説しました。わたしなりの理解を大胆に要約すると以下のようになります。
 ①日本は1960年代の高度成長期以降、国家や自治体が直接、国民生活を支援する「福祉国家型」の道は取らずに、大企業や業界、各種利益団体を間に置いた間接支援をする「開発主義型」の道に進んだ。これは「福祉国家」に進んだ欧州などに比べ、日本独特の特異な道で、施策のすべてが大企業の成長を促す方向に注がれる特殊な政治安定だった。
 ②間接的支援とは、市場を介した支援であり「権利としての受給」ではない。個々の労働者にとっては「自己責任」となるが、高度成長の持続によって生活水準は向上し、間接的支援は成功していた。これは日本型雇用の成功でもある。
 ③90年代(バブル崩壊後まもなく)、開発主義国家と日本型雇用の解体が始まる。構造改革の名のもとに、96年からまず開発主義国家を壊した。他国の新自由主義は福祉国家を壊すのがポイントだったのと日本は異なる。2000年代初頭にかけて、日本型雇用もほぼ壊れた。最初のポイントは長期雇用の破壊だった。
 ④2001年に発足した小泉政権が最初にやったことは、「3つの過剰」の整理だった。3つとは「債務」「設備」と「雇用」。当初は財界もそこまでやることに及び腰だった。しかし小泉政権に迫られ01年5月の経団連総会で財界は決断する。この結果、その後の1年間で正規雇用が125万人も減った。未曾有の大リストラが始まることは明らかだったのに、何の反撃もなかった。労組からもジャーナリズムからも異議は起きなかった。
 ⑤数十年の安定をもたらしていた「開発主義」と「日本型雇用」がものすごいスピードで壊れた。しかし「福祉国家型」の受け皿がない。地方のセーフティネットも一緒に削った。社会保障が必要なリストラが一気に進んだのに、その社会保障のリストラも同時に進んだのだから、総合的、多面的な貧困状態が一気に出現した。長期安定雇用という日本型雇用はホワイトカラーの一部だけにしか残らない。かつて日本型雇用にあった社会的な規範力が急激に失われた。

  「日本型雇用」はかつて日本経済の強さの秘訣と言われ、「終身雇用」「年功序列」「企業内労働組合」が「3種の神器」とも言われていました。わたし自身も専従に身を置いていた「労働組合」に関連して言えば、「終身雇用」も「年功序列」も崩したのに、経営者たちが「企業内労働組合」だけは手放そうとしないのはなぜかをきちんと議論しようと、何年も前から考え、口にもしてきました。後藤さんの話からも、既存の労組の課題は明確になっていると、あらためて考えています。
 後藤さんは最後に、マスメディアとジャーナリズムへの要望として「福祉国家型の大きな国家をつくることを本気で検討してほしい」と話しました。「グローバリゼーションが進むほど、国内の雇用と市場は変化が激しくなる。もはや国家の力でカバーしないと社会生活が崩れていくだけだ。日本は何も受け皿がないところで構造改革に突っ込んでいった。大きな方向転換が必要だ、という目を持ってほしい」と。
 なお、後藤さんは首都圏青年ユニオンのサポーター的な「支える会」の活動にも取り組んでいる実践的な研究者でもあります。専従活動家を確保できれば、ユニオンの可能性はもっともっと伸びる、ということで、人件費などを確保しようと年会費一口6千円(月500円)で会員を募集しています。ユニオンのホームページから「支える会」のホームページに入り、ネットで入会申し込みもできます。「持てる者は金銭で運動を支える」のも立派な貢献だというのはわたしの持論でもあり、この「支える会」方式には共感します。
 「支える会」のホームページには後藤さんの図表付き解説資料のコーナーもあります。
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by news-worker2 | 2008-04-21 01:25 | 憲法