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ネットの法規制論議と表現の自由~既存マスメディアに必要な視点を考える

 12日付けの産経新聞朝刊(わたしが居住している東京地区では産経新聞は朝刊単独の発行です)に「有害サイト対策 与党内で対立」「『法規制』か『自主規制』か」という見出しの特集記事が掲載されました。リード部分を引用します。

 インターネットの出会い系や硫化水素自殺を助長する自殺系といわれる有害情報・サイトの規制をどうすべきかをめぐって、与党内で「法規制派」と「自主規制派」が対立している。民主党は業界に努力義務を課すが基本的には自主規制に任せる案を検討中だ。言論の自由にもかかわる問題だけに、論争は長期化しそうだ。

 記事をごく大雑把に要約すれば、現状は①自民党では高市早苗前少子化担当相を委員長とする党青少年特別委員会が、有害情報の削除を義務化し罰金や懲役も設けた法規制の議員立法に積極的②党総務会は高市氏の案に「事前検閲になりかねず表現の自由を阻害する」と反発し、プロジェクトチームを立ち上げて近く意見をまとめる③民主党のプロジェクトチームは、有害情報の規制は業界団体の自主規制や努力によって行うべきだとする中間報告をまとめた④当事者の電気・情報通信業界は法規制に反発を強め、自主的な取り組みに動き始めた―となります。特集記事に付けられた堀部政男一橋大名誉教授のコメントは「国が法で規制するよりも、民間の取り組みが発展するように、サポートする仕組みをつくることの方が重要ではないか」と締めくくっています。
 「有害情報」を理由としたインターネットに対する法規制の動きに対しては、ネット界ではしばらく前から話題になり、危惧する声が高まっています。マスメディアで働くわたし自身は、法規制の動き自体もさることながら、この問題は新聞や放送など既存マスメディアにとっても表現の自由の観点から軽視できない問題のはずなのに、決してマスメディア全体の関心が深まっているようには見えない、そのことの方がむしろ問題だと感じていました。一方で、4月15日に文部科学省が公表したいわゆる「学校裏サイト」の調査結果や、最近では4月30日に警察庁が硫化水素自殺対策として「硫化水素ガスの製造を誘因」するネット上の情報に対して、有害情報として削除を要請するよう通達を出したことなどは、各メディアとも大きく報じています。このままでは、既存マスメディアの報道は「ネット=有害情報が氾濫」とのマイナスイメージだけが肥大化していきかねないことを危惧しています。そうした報道が世論に対し、ネットに対する法規制のハードルを下げる方向に作用し、結果として法規制を許すことにでもなれば、表現の自由の観点からは、既存マスメディアが自分の首を絞めることにつながるでしょう。



 少し振り返れば、1990年代後半以降、表現規制の立法化の動きが相次いできました。個人情報保護法や人権擁護法案では、新聞や放送などのマスメディアが直接、規制対象となった法案が上程され、日本新聞協会(新聞協会)や日本民間放送連盟(民放連)などの業界団体をはじめ、広範な反対運動で報道機関への直接規制はここまで許さずに来た経緯があります(わたしも新聞労連委員長として、法務省に申し入れ行動を行ったりしました)。しかし、新聞や放送への直接規制がひとたび外れれば、当該のマスメディアの反対姿勢は急速にしぼみ、結果として表現の自由が窮屈になる事態を招いたと思えてなりません。
 個人情報保護法を例に取れば、新聞と放送の報道・取材活動こそ直接規制は外れましたが、雑誌・出版は残ったままでした。また、法施行後になって、不祥事で処分を受けた警察官や教員、自衛官ら公務員の氏名が公表されない、大規模事故で病院に搬送された被害者名が公表されない、あるいは災害に備え自治体が老人ら優先的に避難・救護が必要な人たちの名簿を作ろうとしてもできないなど、過剰な個人情報の保護が新たな社会問題として生じてきています。マスメディアが自らへの規制外しに躍起となった余りに、法案がはらんでいた危険性を十分には検証できていなかったのではないか、との反省ないしは教訓としてとらえる視点と姿勢が必要だと考えています。
 今回のネットへの法規制の発想の大義名分には「青少年の保護・健全育成」がありますが、そもそもこれは個人情報保護法、人権擁護法案と並ぶ3本柱として「青少年有害社会環境対策基本法案」「青少年健全育成基本法案」などとして、当時から表現規制にあった発想でした。決して新しい発想ではなく、ただ直接の対象をネットに絞っているだけの違いでしかないと言ってもいいと思います。
 一つ前のエントリーで紹介した弁護士の日隅一雄さんは著書「マスコミはなぜ『マスゴミ』と呼ばれるのか」の中で、近い将来の通信・放送融合法制がインターネットを含めた表現規制に道を開くものとして、強い危機感を表明しています。同感です。新聞社も自社サイトを刻々と更新している今日、規制の網からは逃れられません。今回、仮にネットに対する法規制を許せば、その先にあるのはネットであろうと既存マスメディアであろうと、「有害情報」の線引きを国家権力が決め、一元的に規制する社会ということになりかねません。ことはネットにとどまらないと思います。
 学校裏サイトを舞台にした陰惨ないじめ、自殺系サイトによる硫化水素製造の「誘因」などの実態は確かにありますし、それらに対する文部科学省や警察庁の動きも、それ自体は社会に必要な情報であり、報道もされるべきだと思います。しかし、そのことと、ネット上の有害情報を法律による罰則・刑罰付きの強制力を伴って規制することとは、切り分けて考える姿勢がマスメディアには必要です。「だからネットには法規制が必要」との考え方も一つの価値観かもしれませんが、多様な価値観を提示して、この問題を一歩引いて俯瞰的にとらえ、社会に議論を投げかける報道が続いてしかるべきだと思います。

 既存のマスメディア、中でも紙媒体の新聞は、インターネットの普及と社会の多メディア化の中で、産業として先行きが不透明になっているのは確かです。新聞産業の中に、ネットに対するアレルギーが根強く残っていることは否定できません。しかし、マスメディアとしての新聞は、こと表現の自由に関しては、いかなる利害の相克をも超えて、社会のあらゆる動きに対して敏感でなければならず、表現の自由を脅かすものに対しては毅然と立ち向かわなければなりません。それが新聞人の最低限の職業倫理であり、矜持でもあるはずと、あらためて自らを戒めています。「ネットだから規制もやむを得ない」というスタンスでいると、個人情報保護法などと同じ轍を踏むことになると思います。

 この問題については、ネットメディアは敏感で、既にさまざまな情報発信が行われています。
 
 わたしには、元徳島新聞記者の藤代裕之さんの日経「IT-PLUS」での一連のコラムと藤代さんのブログ「ガ島通信」のまとめエントリーが、冷静な分析でとても参考になり、多くの教示を得ました。「IT-PLUS」の5月9日付けコラム「幻想と敵意から生まれるネット規制論の危うさ」では、たとえば警察庁の発表がそのまま大きく報道されていくさまを「官製ジャーナリズム」と呼び、ネット規制論に巧みに利用されていくことに強い危機感を表明しています。締めくくりとして藤代さんが記している「依然として法制化に大きな影響力を持つマスメディアも、ネット規制について報道する際には『少し立ち止まって考えてみる』ことを望みたい」との指摘は、真剣に受け止めなければならないと感じています。

 オーマイニュースには、出版労連が5月9日に開催した緊急集会のリポート「『“メディア良化法”がやってきた!?』出版労連緊急集会」がアップされています。

 硫化水素自殺をめぐるネット規制論議では、GIGAZINEの5月6日のまとめ記事があります。4月30日の警察庁通達を受けて、ウイキペディアの「硫化水素」項目の「ノート」で交わされた議論が紹介されており、非常に参考になりました。

 上記まとめ記事などでも触れていますが、既存のマスメディアが硫化水素自殺をどう報じたか、どう報じるべきかという観点も重要だと思います。報道ぶりによっては、次の自殺を誘因するのは確かであり、その意味では既存のマスメディアこそ「有害情報」ということになりかねません。自殺対策支援センターライフリンクのブログ「代表日記」のエントリー「『坑道のカナリア』の声を聞け ~『硫化水素自殺』報道に思うこと~」の指摘を、真摯に受け止めたいと思います。
 自殺報道をめぐっては、自殺予防のためにWHOが2000年に勧告を出しています。ライフリンクのホームページで概要を知ることができます。わたしの周囲でも周知と実践が浸透しつつあると感じますし、日々の紙面でもそうした記事が増えていると感じていますが、なお読者をはじめ第3者の批判、指摘には謙虚でありたいと思っています。

 ネット規制と表現の自由の問題は、今後もわたしなりに考え、このブログでも取り上げていきたいと思います。
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by news-worker2 | 2008-05-13 02:15 | 表現の自由