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読書:「労働ダンピング―雇用の多様化の果てに」(中野麻美 岩波新書)

 この数日、日本マクドナルドがいわゆる「名ばかり管理職」を見直し、店長にも残業代を支給すると発表したり(20日)、トヨタ自動車が「QCサークル」活動に残業代を支払うことを決めたと報じられたり(22日)と、正社員労働者の働き方、働かされ方をめぐる報道が相次いでいます。企業の労務管理のコンプライアンスをめぐる動きとしてわたしも注目していますが、例えば朝日新聞がマクドナルドについて「ただ、店長手当は打ち切り、支払う給与の総額は増やさないといい、待遇改善の効果は薄いとみられる」と書いているように、形を変えて賃金抑制や長時間労働が続くのではないかとの懸念も指摘されています。
 マクドナルドについての朝日新聞21日付朝刊記事を一部引用します。
 ハンバーガーチェーンの日本マクドナルドは20日、直営店の店長約2千人に、8月から残業代を支払うと発表した。権限が大きくないのに残業代が支払われない「名ばかり管理職」だと指摘されていたためだ。ただ、店長手当は打ち切り、支払う給与の総額は増やさないといい、待遇改善の効果は薄いとみられる。
 残業代を払うようにするのは、直営店の店長のほか、複数の拠点を管理する「エリア営業管理職」数百人。社内では管理職との位置づけは変えないが、法的には「経営者と一体的な立場」とされる「管理監督者」ではなくなる。上に立つ管理監督者は、「ディレクター・オブ・セールス(販売部長)」が務める。
 店長には、これまで基本給、成果給に加え、店長手当などの「職務給」があった。今回の制度変更で職務給がなくなり、代わりに残業代にあたる「時間外労務手当」を払う。残業代の支払い総額の見込みは示さなかったが、店長らへの給与の支払い総額は、いまと変わらないという。

d0140015_2393135.jpg 雇用の規制緩和で有期雇用や契約社員、派遣社員、パートなど細切れで不安定な働き方を強いられている非正規雇用が労働者の3分の1を占め、偽装請負などの違法な雇用やワーキングプアが社会問題になっている一方で、正社員という働き方、働かされ方も過酷になってきていると感じざるをえません。雇用や労働の現状を社会の問題としてどういうふうにとらえ理解し、今後のあるべき方向をどうやって探っていけばいいのか。その一助になるのが、弁護士の中野麻美さんの「労働ダンピング―雇用の多様化の果てに」(岩波新書)です。



 1986年の男女雇用機会均等法と労働者派遣法の制定にさかのぼって、弁護士として手掛けた具体例も交えながら、雇用と労働のこれまでと今を検証し、希望を捨てずに将来を展望する一冊です。刊行は2006年秋とやや時間がたっていますが、現在でも十分に有用だと思います。当時わたしはちょうど新聞労連の専従役員の任期を終えたばかりでした。本書を読んだのはさらにしばらくたってでしたが、自分自身が労働組合運動の一翼にいて、時に争議の支援に加わったりしながら見聞きした「雇用の融解」(本書より)ぶりを、あらためて頭の中で整理するのに役立ちました。
 わたしが本書から得たのは、経営者にとっては安価で、「雇い止め」という名の解雇がいつでもできるという意味で使い勝手がいい非正規雇用が、「規制緩和」や「構造改革」の掛け声とともに拡大してきたことと、正規雇用(正社員)の長時間・過密労働が進んできたこととは表裏一体の関係にある、との視点です。
 中野さんは本書の「おわりに」で次のように指摘しています。
 もはや非正規雇用のことを、正規雇用の安定した雇用と昇給を保障するバッファーであるといえる人はいないだろう。法的規制が緩やかなために、日本の非正規雇用は、言葉の本来の意味を超えてダンピング目的で利用されることが一般的で、「フルタイム・パート」「長期臨時」といった具合に社員の「身分」になってしまっている。低賃金化・細切れ化が進む非正規雇用は、いまや究極の商品化ともいえる「日雇い派遣」を生み出すようになった。この低賃金労働が、正規雇用を駆逐していく。正規常用代替の進行とともに、正規雇用は激しい値崩れにあって、労務提供面での無定量化・請負化のなかで雇用の形そのものを融解させようとしている。規制緩和政策は、経済を回復基調に導いたかのようにみえるが、その一方で二極化と貧困化をすすめた。こうした雇用の地殻変動に、私たちはどう向き合うのだろうか。

 マクドナルドやトヨタ自動車に戻って考えてみると、ここ数日、話題になっているニュースはいずれも正社員としての働き方ですが、マクドナルドに代表される外食産業では、現場店舗の働き手の圧倒的多数はパートやアルバイトの非正規雇用労働者です。また、トヨタに代表される自動車産業も下請け構造のすそ野が広く、工場ではやはり派遣に代表される「正規常用代替」が進んでいます。そうしたことも念頭に置いて、ここ数日のニュースに接してみれば、「名ばかり管理職」や「サービス残業」が決して特定企業の固有の問題ではなく、正社員の世界だけで解決できるかどうかに疑問があることも分かるのではないかと思います。また、仮に正社員の世界だけで考えてみても、「管理職」という位置づけに常にあいまいさ(「経営と一体」なのか「経営の一端」なのかなど)がつきまとうことにも留意が必要だと思います。
 中野さんは本書の「おわりに」で「日本の産業社会に未来があるとすれば、それは、競争による敵対と排除によるのではなく、働き手を大切にする協働のシステムを構築できるかどうかにかかっている。雇用の再生に向かっては、差別の撤廃と均等待遇保障をキーワードにした構造改革が求められるが、ジェンダーの視点は、そうした点で多くの示唆を提供してきた」として、男女の性役割に従って男性中心に組み立てられた労働スタイル(それは男性に長時間労働を強いる男性差別でもあるのですが)を女性モデルに切り替えるとの視点や、正規雇用は自らを非正規雇用と差別化するのではなく均等待遇を確保するとの視点が重要であることを指摘しています。
 わたし自身、労働組合運動の専従役員として、非正規雇用労働者と正面と向き合ってきただろうかと、今も自問しています。既存の労働組合は抜きがたく「正社員クラブ」のままだと批判も受けていますが、それでも従来にはなかった動きも始まっていると感じますし、まだまだやれることは多いとも考えています。本書は、例えば初めて労働組合の執行委員になった方に、まず最初に読んでほしい一冊です。わたし自身も、労働3件が憲法の明文規定で保障され、とりわけ団結権(結社の自由)が国際的にも広く認められていることの意味を、あらためて考えています。

 中野さんは、出版業界の派遣労働の不当な雇い止めを問う「一橋出版=マイスタッフ争議」の加藤園子さんの支援にも加わっています。わたしは新聞労連の専従役員当時に、この争議の支援共闘会議(ホームページがあります)の議長でした。この争議のことは、別の機会に書きたいと思います。
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by news-worker2 | 2008-05-23 01:10 | 読書