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by news-worker2
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赤旗配布有罪判決に報道落差~社説の朝日、ボツの読売

 少し時間がたってしまいましたが、新聞ジャーナリズムをめぐって前例を思い起こすことができないくらい異例で、なおかつ社会の表現の自由を考える上でも重要な問題だと考えていることですので、記録に残す意味も含めて、このエントリを書くことにしました。
 小泉純一郎首相の元で郵政民営化が最大争点になった2005年9月の衆院選の投開票日前日に、東京都内の警視庁職員官舎の集合郵便ポストに共産党の機関紙「しんぶん赤旗」を配布していた厚生労働省の元課長補佐が、住居侵入の現行犯で逮捕されました。住居侵入容疑については不起訴でしたが、国家公務員の政治的行為の制限を定めた国家公務員法に違反するとして、国家公務員法違反罪で起訴されました。東京地裁は9月19日、求刑通り罰金10万円の判決を言い渡しました。
 前例のないほど異例、というのはこの判決の翌20日付け朝刊の新聞各紙の報道ぶりです。東京都内の最終版を調べた限りでは、次のようでした。

【朝日】本記・第2社会面3段見出し
      「元厚労省職員に罰金刑」「東京地裁 赤旗の配布『政治的』」
    被告の記者会見・第2社会面2段見出し
      「『私生活なのに』元職員」
    社説
      「政党紙配布 公務員への刑罰どこまで」
【毎日】本記・社会面準トップ4段見出し
      「元厚労課長補佐 有罪」「赤旗配布に罰金10万円」「東京地裁判決」
    解説・社会面3段見出し
      「34年前の判例 またも踏襲」
    被告側の記者会見・社会面1段見出し
      「『事実見てない』『中味薄っぺら』」「被告ら会見」
【読売】記事の掲載なし
【日経】本記・第2社会面1段見出し(全文12行)
      「官舎に『赤旗』配布で有罪判決」「元厚労省課長補佐」
【産経】本記・第3社会面2段見出し
      「警察官舎に『赤旗』配布」「元厚労省職員に有罪」
【東京】本記・社会面準トップ4段見出し
      「公務員の赤旗配布罰金刑」「東京地裁『政治的な偏向強い』」
    解説・社会面3段見出し
      「最高裁判例ひたすら踏襲」
    被告側が記者会見・社会面1段見出し
      「『司法の職責投げ出した』」「被告が判決批判」

 一面に据えた新聞はないものの、朝日、毎日、東京の3紙は重要なニュースと判断していることがうかがわれ、主要な要素を盛り込んだ本記のほかに、被告側の「不当な判決」との主張を取り上げた記者会見記事などを掲載しました。毎日、東京は署名の解説記事も掲載。朝日は社説で取り上げ、「果たして刑罰を科すほどのことなのか」と判決に疑問を呈しています。
 対して読売が関係記事を掲載しなかったことが目を引きます。いわゆる「ボツ」です。ニュースとして取り上げるまでもない、ごく当たり前の司法判断、ということなのでしょうか。日経もいわゆる「ベタ」でごく短い記事。産経もごくあっさりした記事です。
 一つのニュースをめぐって、新聞の間で扱いの大きさが分かれることは珍しいことではありません。しかし、今回のように憲法上の争点があった判決をめぐって、社説で取り上げる新聞がある一方で、一行も掲載しない新聞もあるというのは、少なくともわたし自身は前例を思い起こすことができません。同じテーマでも新聞各紙を読み比べ、論調の違い(それは「多様な考え方」ということですが)を知ることで、ニュースの理解は深まります。多様な考え方、価値観が社会に担保されることにもなり、わたしは多種多様の新聞が並び立つこと自体に意義があると考えています。その意味では、今回の読売も、記事を掲載しないこと自体がひとつの価値判断のありようなのかもしれませんが、「それにしても」との思いを禁じえません。
 
 有罪判決の根拠法令である国家公務員法102条は次のように「国家公務員の政治的行為の制限」を規定しています。
第102条 職員は、政党又は政治的目的のために、寄附金その他の利益を求め、若しくは受領し、又は何らの方法を以てするを問わず、これらの行為に関与し、あるいは選挙権の行使を除く外、人事院規則で定める政治的行為をしてはならない。
 2 職員は、公選による公職の候補者となることができない。
 3 職員は、政党その他の政治的団体の役員、政治的顧問、その他これらと同様な役割をもつ構成員となることができない。

 さらに人事院規則14-7では、「政治的行為」の一つとして第6項7号で「政党その他の政治的団体の機関紙たる新聞その他の刊行物を発行し、編集し、配布し又はこれらの行為を援助すること。」とあり、また第4項では「法又は規則によって禁止又は制限される職員の政治的行為は(中略)職員が勤務時間外において行う場合においても、適用される」としています。
 被告・弁護側は、赤旗を配布したのは休日で、しかも公務員とは外見的には分からない格好だったとして、無罪を主張していたと伝えられています。日本国憲法は国民の基本的人権として、21条で集会・結社・表現の自由を定めており、公務員も例外ではありません。公務員は社会全体への奉仕者であり、政治的中立性が必要であるにせよ、国家公務員法が公務員の政治的行為を禁止・制限するのは、憲法上の基本的人権との兼ね合いから必要最小限に限るべきでしょう。同じ「勤務時間外」にしても、職場で休憩時間中に政党機関紙を来庁者に配布するようなケースなら、公務員の政治的中立性を疑わせる行為かもしれません。しかし、外見的に公務員とは分からない、つまり公務員の中立性が疑われるわけではないのに刑事罰を科することは、実質的な意味として公務員に限っては一個人としての思想を処罰することにつながりかねず、表現の自由はおろか、思想、良心の自由をすら侵害することになりかねない―。被告・弁護側の無罪主張には、このような危ぐが込められているとわたしは理解しています。
 こうした争点に、今回の東京地裁判決はどこまで踏み込んで判断を示したか。朝日が社説で、毎日や東京が解説で判決に疑問を呈しているのはまさにこの点ですし、被告・弁護側の記者会見記事で判決への批判を紹介しているのも、この事件では「表現の自由」が最大の争点になっていることを重視しての判断からでしょう。新聞はそれ自体、社会に「表現の自由」が担保されていなければ成り立ちえませんし、だからこそ「表現の自由」を守るのが社会的責務でもあると思います。わたしも今回の判決は、新聞にとって重要ニュースとして取り上げるのに足る問題だと考えています。
by news-worker2 | 2008-09-24 07:29 | 表現の自由