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カテゴリ:表現の自由( 11 )

 以前のエントリ(近況:「軍事報道と表現の自由」の講義が終わりました)でも取り上げましたが、2005年5月に読売新聞が報じた中国潜水艦の事故の特ダネ記事をめぐり、読売新聞記者に情報を提供したとして、自衛隊の一等空佐が自衛隊法違反容疑で書類送検された問題に絡んで、大きな動きがありました。防衛省は10月2日、この1佐を懲戒免職処分としました。共同通信記事を引用します。
 南シナ海での中国潜水艦の事故をめぐる「防衛秘密」が防衛省から読売新聞記者に漏えいしたとされる事件で、同省は2日、自衛隊法(防衛秘密漏えい)違反容疑で書類送検された元情報本部課長の北住英樹1等空佐(50)=同本部総務部付=を、同日付で懲戒免職処分にしたと発表した。
 記者への情報提供を「漏えい」として、自衛官が懲戒免職となるのは初めて。書類送検を受けて捜査している東京地検が刑事処分を決める前に、同省が極めて厳しい処分に踏み切る異例の展開となった。背景には情報保全強化の流れがあり、取材を受ける公務員が萎縮(いしゅく)するなど「知る権利」「報道の自由」の制約につながる懸念がある。

 読売新聞東京本社は2日、編集主幹名で防衛省の処分を「遺憾」とする談話を発表しました。その中で今回の処分が「国民の知る権利にこたえる報道の役割を制約するおそれがある」と指摘する一方、読売新聞記者の取材は適正だったことも述べています。

 公権力が都合の悪いことを書かれたくなければ、方法は取材者への直接の弾圧に限りません。取材者の情報源、つまり情報の提供者を潰せば効果は同じです。「書かせない」だけではなく「書けない」状態に追い込めばいいのです。取材者に情報を内通すればどうなるか、見せしめを作れば、後に続く者はいなくなることが期待できます。
 情報提供者と取材者を同時に摘発すれば、「表現の自由」や「知る権利」への直接弾圧として激しい反発を受けるでしょう。しかし今回のように情報提供者だけを摘発した場合、処分を受けた情報提供者がその処分を受け入れてしまったら、処分が妥当かどうか、客観的な判断を仰ぐ場もありません。まさに今回の政府・防衛省の公式見解がそうなのですが「『表現の自由』や『知る権利』は尊重している。組織の規律の問題なのだ」との一見もっともらしい主張がまかり通ることになります。
 わたしが今回のケースでとりわけ問題だと考えるのは、軍事の分野での出来事である点です。

(続きます)
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by news-worker2 | 2008-10-05 01:11 | 表現の自由
 少し時間がたってしまいましたが、新聞ジャーナリズムをめぐって前例を思い起こすことができないくらい異例で、なおかつ社会の表現の自由を考える上でも重要な問題だと考えていることですので、記録に残す意味も含めて、このエントリを書くことにしました。
 小泉純一郎首相の元で郵政民営化が最大争点になった2005年9月の衆院選の投開票日前日に、東京都内の警視庁職員官舎の集合郵便ポストに共産党の機関紙「しんぶん赤旗」を配布していた厚生労働省の元課長補佐が、住居侵入の現行犯で逮捕されました。住居侵入容疑については不起訴でしたが、国家公務員の政治的行為の制限を定めた国家公務員法に違反するとして、国家公務員法違反罪で起訴されました。東京地裁は9月19日、求刑通り罰金10万円の判決を言い渡しました。
 前例のないほど異例、というのはこの判決の翌20日付け朝刊の新聞各紙の報道ぶりです。東京都内の最終版を調べた限りでは、次のようでした。

【朝日】本記・第2社会面3段見出し
      「元厚労省職員に罰金刑」「東京地裁 赤旗の配布『政治的』」
    被告の記者会見・第2社会面2段見出し
      「『私生活なのに』元職員」
    社説
      「政党紙配布 公務員への刑罰どこまで」
【毎日】本記・社会面準トップ4段見出し
      「元厚労課長補佐 有罪」「赤旗配布に罰金10万円」「東京地裁判決」
    解説・社会面3段見出し
      「34年前の判例 またも踏襲」
    被告側の記者会見・社会面1段見出し
      「『事実見てない』『中味薄っぺら』」「被告ら会見」
【読売】記事の掲載なし
【日経】本記・第2社会面1段見出し(全文12行)
      「官舎に『赤旗』配布で有罪判決」「元厚労省課長補佐」
【産経】本記・第3社会面2段見出し
      「警察官舎に『赤旗』配布」「元厚労省職員に有罪」
【東京】本記・社会面準トップ4段見出し
      「公務員の赤旗配布罰金刑」「東京地裁『政治的な偏向強い』」
    解説・社会面3段見出し
      「最高裁判例ひたすら踏襲」
    被告側が記者会見・社会面1段見出し
      「『司法の職責投げ出した』」「被告が判決批判」

 一面に据えた新聞はないものの、朝日、毎日、東京の3紙は重要なニュースと判断していることがうかがわれ、主要な要素を盛り込んだ本記のほかに、被告側の「不当な判決」との主張を取り上げた記者会見記事などを掲載しました。毎日、東京は署名の解説記事も掲載。朝日は社説で取り上げ、「果たして刑罰を科すほどのことなのか」と判決に疑問を呈しています。
 対して読売が関係記事を掲載しなかったことが目を引きます。いわゆる「ボツ」です。ニュースとして取り上げるまでもない、ごく当たり前の司法判断、ということなのでしょうか。日経もいわゆる「ベタ」でごく短い記事。産経もごくあっさりした記事です。
 一つのニュースをめぐって、新聞の間で扱いの大きさが分かれることは珍しいことではありません。しかし、今回のように憲法上の争点があった判決をめぐって、社説で取り上げる新聞がある一方で、一行も掲載しない新聞もあるというのは、少なくともわたし自身は前例を思い起こすことができません。同じテーマでも新聞各紙を読み比べ、論調の違い(それは「多様な考え方」ということですが)を知ることで、ニュースの理解は深まります。多様な考え方、価値観が社会に担保されることにもなり、わたしは多種多様の新聞が並び立つこと自体に意義があると考えています。その意味では、今回の読売も、記事を掲載しないこと自体がひとつの価値判断のありようなのかもしれませんが、「それにしても」との思いを禁じえません。
 
 有罪判決の根拠法令である国家公務員法102条は次のように「国家公務員の政治的行為の制限」を規定しています。
第102条 職員は、政党又は政治的目的のために、寄附金その他の利益を求め、若しくは受領し、又は何らの方法を以てするを問わず、これらの行為に関与し、あるいは選挙権の行使を除く外、人事院規則で定める政治的行為をしてはならない。
 2 職員は、公選による公職の候補者となることができない。
 3 職員は、政党その他の政治的団体の役員、政治的顧問、その他これらと同様な役割をもつ構成員となることができない。

 さらに人事院規則14-7では、「政治的行為」の一つとして第6項7号で「政党その他の政治的団体の機関紙たる新聞その他の刊行物を発行し、編集し、配布し又はこれらの行為を援助すること。」とあり、また第4項では「法又は規則によって禁止又は制限される職員の政治的行為は(中略)職員が勤務時間外において行う場合においても、適用される」としています。
 被告・弁護側は、赤旗を配布したのは休日で、しかも公務員とは外見的には分からない格好だったとして、無罪を主張していたと伝えられています。日本国憲法は国民の基本的人権として、21条で集会・結社・表現の自由を定めており、公務員も例外ではありません。公務員は社会全体への奉仕者であり、政治的中立性が必要であるにせよ、国家公務員法が公務員の政治的行為を禁止・制限するのは、憲法上の基本的人権との兼ね合いから必要最小限に限るべきでしょう。同じ「勤務時間外」にしても、職場で休憩時間中に政党機関紙を来庁者に配布するようなケースなら、公務員の政治的中立性を疑わせる行為かもしれません。しかし、外見的に公務員とは分からない、つまり公務員の中立性が疑われるわけではないのに刑事罰を科することは、実質的な意味として公務員に限っては一個人としての思想を処罰することにつながりかねず、表現の自由はおろか、思想、良心の自由をすら侵害することになりかねない―。被告・弁護側の無罪主張には、このような危ぐが込められているとわたしは理解しています。
 こうした争点に、今回の東京地裁判決はどこまで踏み込んで判断を示したか。朝日が社説で、毎日や東京が解説で判決に疑問を呈しているのはまさにこの点ですし、被告・弁護側の記者会見記事で判決への批判を紹介しているのも、この事件では「表現の自由」が最大の争点になっていることを重視しての判断からでしょう。新聞はそれ自体、社会に「表現の自由」が担保されていなければ成り立ちえませんし、だからこそ「表現の自由」を守るのが社会的責務でもあると思います。わたしも今回の判決は、新聞にとって重要ニュースとして取り上げるのに足る問題だと考えています。
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by news-worker2 | 2008-09-24 07:29 | 表現の自由
 北海道洞爺湖サミットが来週7月7日に始まりますが、先週来、市民メディア団体の招待で来日する海外の市民メディア関係者がスムーズに入国できない事態が起きているようです。中には成田で拘束され、危うくそのまま強制退去を余儀なくされそうになったケースも。拘束の状況がそのまま当事者によってネットで報告もされているようです。
 こうした状況に対し、市民メディア団体が6月30日に会見して緊急声明を発表しました。新聞や放送メディアもちらほら取り上げているようです。日本社会の「表現の自由」が外にも開かれているのか、海外からも注目されていると感じています。

香港のメディア関係者3人が成田で一晩拘束~強制退去の危機も~

相次ぐ記者拘束に緊急声明(G8メディアネットワーク)
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by news-worker2 | 2008-07-02 01:52 | 表現の自由
 「青少年が安全に安心してインターネットを利用できる環境の整備等に関する法律案」が6月11日、参議院でも可決され成立しました。
 「法」には制定と運用の2つの側面があります。運用のいかんによって、法は「個」の権利を擁護することもあれば、侵害することにもなると考えています。
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by news-worker2 | 2008-06-12 09:03 | 表現の自由
 前回のエントリの続きになります。
 子どもの保護のためのインターネット規制法案が6日、衆議院で可決されました。事実上、審議なしの状態だったようです。参院でも同じように可決され、成立する見通しと伝えられています。「青少年が安全に安心してインターネットを利用できる環境の整備等に関する法律案」という名称です。新聞協会メディア開発委員会は同日、声明を発表しました。一部を引用します。

 有害情報かどうかの定義・判断については、憲法21条が保障する表現の自由の観点から、直接、間接を問わず国は関与すべきではない。「例示」といえども、有害情報がいったん法律で規定されれば、事実上の情報規制を招く根拠ともなりかねない。また、有害情報を実質的に判断するフィルタリング推進機関を国への「登録制」とすることについても、公的関与の余地を残す懸念がある。

 7日付朝刊の新聞各紙(東京都内版)の扱いですが、法案の衆院通過をごく短く伝え、新聞協会の声明も簡単に紹介したところが多い、との印象を持ちました。やはり既に〝落とし所〟は終わっており、相対的なニュースバリューは低い、という判断でしょうか。その中で、読売新聞が社説「有害情報から子どもを守れ」を掲載していること、毎日新聞が新聞協会の声明の全文を掲載(第3社会面に見出し3段)していることが目を引きました。
 新聞協会の声明は有害情報の「例示」が法案に盛り込まれていることに危惧を表明していますが、その声明を紹介している紙面には、法案の「例示」部分の紹介がありません(チェックした限りでは、読売新聞が4日付の朝刊で「法案の全文が判明」として概要を報じるなど、5日以前に紙面で紹介した例はあったようですが)。読者の側に立ってみると、新聞協会に「『例示』といえども、有害情報がいったん法律で規定されれば、事実上の情報規制を招く根拠ともなりかねない」と言われても、「例示」がどのような内容なのか分からないのでは、判断の材料としては不十分ではないでしょうか。原典を当たろうにも、週末の金曜日の6日に提案され即日可決されたためか、衆議院のホームページにも8日現在、法案全文は見当たりません。
 6日の動きについては、インターネット上のニュースサイトが一番詳しいようです(たとえばITmedia Newsの楠正憲さんの分析・解説記事)。
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by news-worker2 | 2008-06-09 01:22 | 表現の自由
 子どもの保護のためのインターネット規制法案をめぐって2日、衆院青少年問題特別委員会で与野党が基本合意したと伝えられています。3日の新聞朝刊各紙も一斉に報じました。共同通信の記事を一部引用します。
 インターネット上の有害情報から子どもを守るための法案化作業を進めている自民、公明、民主、共産の与野党4党による実務者協議は2日、有害情報の基準を策定したり判定したりする民間の第三者機関に国の関与を盛り込まないことで大筋合意した。
 ただ、有害サイトの閲覧を制限するフィルタリングのソフトウエアの普及啓発や調査研究などを行う民間団体は「総務省または経産省に登録することができる」とし、国のかかわりを一部残す形で決着した。
 各党は早急に党内調整を進め、法案の今国会中の成立を目指す。

 けさ(3日)、大手紙各紙の東京本社最終版で記事の扱いをチェックしてみました。
 【朝日】1面に本記3段(見出し、以下同じです)、政治面(6面)にサイド記事
 【毎日】1面に本記4段、総合面(2面)にサイド記事
 【読売】2面に本記2段
 【日経】経済面に本記5段、サイド記事3段、とはもの1段、図解
 【産経】1面に本記4段
 【東京】総合面(3面)に本記4段

 各紙とも①有害情報の基準づくりに国は関与せず民間にゆだねる②フィルタリング技術の向上に関しては民間団体の国への登録を認め、一部だが国の関与が残った―とし、サイド記事では、規制を実効あるものにするには民間の取り組みが焦点になるとして、民間や業界の動向を主に取り上げています。
 トーンとしては各紙ともおおむね、有害情報の基準づくりに国の関与が排除されることになった点を、「表現の自由」の観点からプラス評価しています。朝日や毎日が1面でかなり大きな扱いにしたことは、この問題はヤマを越えたと各紙が判断したことを反映していると言っていいのではないかと思います。
 わたし自身は、有害情報の基準を国(=公権力)が恣意的に策定する可能性が低くなったことには安堵していますが、ヤマを越えたのは「『子どもの保護』『青少年の健全育成』を大義名分にしたネット規制法案をめぐる国会での与野党協議」という枠の中だけだと考えています。今後もネットが絡んだ子ども間のいじめや、子どもが被害に遭う事件が起き、大きく報道されることになれば「やはりネット規制には政府の関与が必要だ」との主張が息を吹き返す余地は残っていると思います。これはマスメディア自身の問題でもあるでしょう。
 また、仮に穏当な内容でネット規制法が今国会で成立するとしても、そもそもフィルタリングは有害情報の遮断に万能ではないという意見もあれば、「官か民か」という二者択一ではなく、政府から独立した行政委員会で対応すべきとの考え方もあるでしょう。
 今回の「ネット規制法案の行方」という政治、経済報道の〝落とし所〟は3日の紙面で決着かもしれません。しかし、既存のマスメディアは今後も、「表現の自由」をどう守るのかを常に意識しながら、多面的な視点で多様な意見、考え方を社会に伝えていくことが必要だと考えています。
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by news-worker2 | 2008-06-04 01:12 | 表現の自由
 青少年の健全育成を大義名分にしたインターネット規制の法制化の動きに対して、日本新聞協会メディア開発委員会が29日、意見をまとめ、関係国会議員に提出しました。
 日本新聞協会トップ
 「青少年のインターネット利用制限の動き」に関する日本新聞協会メディア開発委員会の意見

 意見の一部を引用して紹介します。
 情報が有害かどうかの判断は、主観的な要素も多く、時代や文化、社会環境によっても異なる。情報の内容を規制あるいは定義する法律は公権力の介入を招きかねず、憲法21条の保障する表現の自由に反する恐れがある。直接と間接を問わず、国がコンテンツの内容にかかわる問題に関与するべきではない。
 青少年のためにインターネット上のコンテンツについて何らかの規制が必要だとしても、果たして法規制が適切な手段なのか疑問である。いったん有害情報が定義されてしまえば、流通・閲覧の制限にとどまらず、表現内容の規制に拡大しかねない。表現にかかわる公的な規制が萎縮効果をもたらし、ネット以外のメディアにも同様の規制が広がることも危惧する。青少年を有害情報から守るための実効性のある手段については民間による自主規制を尊重すべきである。

 論旨は明快と言っていいと思いますし、わたし自身の問題意識とも多くの共通点があります。新聞協会がこのような意見を表明したこと自体は、とても意義深いことだと思います。
 さて、この意見表明を当の新聞が紙面でどう扱ったか、です。けさ(30日)の在京大手紙各紙の朝刊紙面(東京本社最終版)をチェックしたところでは、毎日、読売、産経、東京の各紙は第2社会面ないしは第3社会面でいずれも1段見出し(ベタ)の雑報扱い、朝日、日経の両紙には記事が見当たりませんでした。朝日のサイトには今夜(30日)、記事がアップされていたので、31日付の朝刊に掲載されるのかもしれません。
 この各紙の控え目の扱い、あるいは消極姿勢(掲載なし)は、もしかしたら自らの業界団体の主張だから大きく掲載するには気が引ける、というある種の奥ゆかしさの表れなのかもしれません。しかし、どうもわたしにはそうは思えません。やはり新聞にとって(とりわけ「紙」の担当者にとっては)、ネット規制論議への当事者意識は薄いのだと思います。このことは、かつての個人情報保護法や人権擁護法案に、新聞を含めた直接的な報道規制の条項が盛り込まれた際に、新聞各紙が紙面で繰り広げたキャンペーンを想起すれば分かりやすいと思います。あるいは、新聞の販売面でここ10年以上くすぶり続けている再販見直し問題で、公取委がアクションを起こすたびに新聞各紙が連日、紙面で大きく反論を掲載していたことを思い起こしても明らかだと思います。やはり「新聞は、有害情報があふれているネットとは違う」 との考え方が根強いのではないかと思えてなりません。
 「表現の自由」に照らして大きな問題であることを考えるならば、新聞はネット規制をジャーナリズムの問題としてとらえ、多面的に継続的な報道をしなければならないと考えています。
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by news-worker2 | 2008-05-31 01:43 | 表現の自由
 政府の教育再生懇談会が26日、第一次報告を福田首相に提出しました。共同通信の記事を一部引用します。

 政府の教育再生懇談会(座長・安西祐一郎慶応義塾長)は26日夕、官邸で会合を開き、小中学生の携帯電話使用を制限し有害情報から子どもを守ることなどを柱とする第1次報告をまとめ、福田康夫首相に提出した。(中略)報告は、出会い系サイトを舞台にした犯罪の続発を踏まえ「必要のない限り小中学生が携帯電話を持たないよう保護者、学校関係者が協力する」ことを要請。小中学生が携帯電話を持つ場合には、通話や位置確認できる衛星利用測位システム(GPS)機能に限定し、メールを使わせない対策を推進するとした。

 首相官邸のサイトに教育再生懇談会のページがあり、26日の報告の資料もPDFファイルでダウンロードできます。
 原資料を見て、あらためて驚きました。小中学生の携帯電話に関するくだりは、いちばん最初に出てくるのですが、こんな文章が並んでいます。

 小中学生に対して、携帯電話を利用するに当たっての使用目的、使用機能、使用方法、使用場所等に関する利用方法の教育を、保護者、家庭、学校、地域、PTA、教育委員会、地方公共団体、携帯電話事業者及び関係業界、経済界、行政等の関係者を含め、社会総がかりで協力して推進する。これにより、必要のない限り小中学生が携帯電話を持つことがないよう、保護者、学校はじめ関係者が協力する。

 「小中学生に対して~利用方法の教育を~推進する」と言いながら、「これにより」として、掲げる目的は「必要のない限り小中学生が携帯電話を持つことがないよう、保護者、学校はじめ関係者が協力する」。「利用方法の教育を推進し、持たせないようにする」とは、文章を仕事にしている者から見れば、意味不明の日本語です。
 こんな文章も並んでいます。

 保護者、家庭、学校、地域、PTA、教育委員会、地方公共団体、携帯電話事業者及び関係業界、経済界、行政等が協力して、子供の携帯電話利用により生ずる犯罪やいじめの実態等の、教育委員会単位、学校単位等での具体的な広報を推進する。また、携帯電話の普及に伴い、駅等の公衆電話が減少しているが、社会的機能の重要性に鑑み、電話会社は一定数を確保するよう努める。

 ただひたすら「携帯電話は怖い、恐ろしい」と広めよ、というふうに読めます。これでは子どもはおろか、保護者や大人のネットリテラシーすらあやしくなるのではないでしょうか。
 「保護者、家庭、学校、地域、PTA、教育委員会、地方公共団体、携帯電話事業者及び関係業界、経済界、行政等」というのも、「国家統制」そのものに思えてしまいます。
 懇談会の10人のメンバーの間で、どのような議論が交わされたのかつまびらかではありませんが、「小中学生に携帯電話を持たせるな」は、懇談会に出席した福田首相の強い意向ということも報道されています。意味不明の日本語が並んだ報告書は、そのこと自体、懇談会メンバーの中には異論があったことを反映しているのかもしれません。詳細な議事録の公表を待ちたいと思います。
 ちなみに、報道で紹介されている懇談会の報告は、PDF原資料の中の「ポイント」をもとにしたものが多いようです。日本語としての意味不明さは、全文を読まなければ分かりません。こんなことでも(「メディア」に対する、ですが)リテラシーを考えるきっかけになるのではないでしょうか。

 以前のエントリ(「ネットの法規制論議と表現の自由」「マスメディア自身にも『自主的取り組み』は課題」)でも書きましたが、わたしは「青少年の健全育成」「子どもの保護」や「有害情報の排除」を大義名分にしたネット規制の動きには、大きく2つの疑問を感じています。
 一つはマスメディアで働く一員としての危惧ですが、「有害情報」の線引きが事実上、国家権力の裁量次第になりかねないことです。恣意的な運用を許すようなことになれば、「表現の自由」「知る権利」の圧迫にほかなりません。通信と放送の一元規制が現実味を帯びている現在、ことはネットだけの問題ではなく、既存のマスメディアも影響を免れえないととらえています。
 二つ目は社会の一員、生活者の一人として感じることですが、子どものネットリテラシーをどう高めるかの議論より先に、「ネットに触れさせるな」となってしまっては、ますます子どもたちにリテラシーを身につけさせることが難しくなることです。段階を踏んでリテラシーを学んでいくことが大切であり、そのためには大人もネットリテラシーを身につけることが必要だと思います。

 時々のぞいているサイト「bogusne.ws」にこんな記事がありました。
 「小中学生にはことば教えない」有害情報対策で教育再生懇提言
 笑いごとでは済まない社会になりつつあると思います。

*追記(2008年5月28日午前1時35分)
 元徳島新聞記者の藤代裕之さんがブログ「ガ島通信」のエントリでわたしのエントリを紹介してくれました。その中でも触れられていますが、ネット規制に反対している高等学校PTA連合会の高橋正夫会長に藤代さんがインタビューした記事は、とても参考になります。一読をお勧めします。
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by news-worker2 | 2008-05-28 01:13 | 表現の自由
 前回のエントリーで取り上げたインターネットの表現規制について、弁護士の田島正広さんが自身のブログで自民党青少年特別委員会(高市早苗委員長)を中心とする規制法案への論評を書かれています。法曹実務家の視点で、とりわけ憲法21条の「表現の自由」「知る権利」との関係の論点がすっきりと解説されていて、わたしの頭の中を整理するのにとても参考になりました。一部を引用して紹介します。
 「Leagal topics~弁護士田島正広のブログ~」
ネット上の青少年有害情報の閲覧規制(1)
民間事業者の自主的な努力の現状を尊重しないこのような法規制については,(1)表現の自由に関する法規制として要求される必要最小限度性を超えるものとして,違憲の疑いが残るものと考えております。また,法案化に当たっては,(2)法律レベルで規制対象が十分明確になるよう慎重に配慮する必要があり,さらに,(3)行政による人権制限に当たっての手続的保障についても,適正手続の保障の観点から工夫されなくてはなりませんが,この点でも,合憲性の点で憂慮するところが残ります。
 のみならず,このような規制が,どれだけの実効性を持ちうるか(例,青少年と成人との分別をいかに行うか,海外からの輸入PCへの規制等),あるいは本件規制を実現するためにもっと大きな法益を損なうことにはなりはしないか(成人には有害ではないコンテンツが削除されてしまうことによる成人の知る権利の制限,事業者の負担増に伴う国際競争力の阻害等)についても疑問を持っています。

ネット上の青少年有害情報の閲覧規制(2)
親には子どもに対する教育の自由があり,子どもの健全育成にかなう範囲で広範な裁量権が認められるほか,その所有する携帯電話やコンピュータについて管理権が存しますので,その購入,子どもへの付与から利用方法の指定に至るまで親の裁量に服することになるでしょう。同様に学校においても,教育上並びに施設管理権の観点からの広範な裁量権が認められることになります。
 そこで,子どもの現時点の意思に反してでも,親や学校がこれらの裁量を行使して子どもの発育程度に応じた知る権利の制限を行うことが,子ども自身の健全育成のために許される場合があるものと考えられます。フィルタリングはまさにそのための手段と位置づけられることになります。憲法論的には,人権制約の根拠である「公共の福祉」(憲法13条)の一内実として,いわゆるパターナリスティックな制約という類型が考えられていますが,その範疇に含められることと思料します。

ネット上の青少年有害情報の閲覧規制(3)
ところで,子どもというだけで広範なフィルタリングの全てが直ちに是認されるわけではありません。あくまで子どもの健全育成の観点からの制約となりますので,不当に広範な制約を行うことが適切とは言いがたいことになります。同時に技術的限界の問題はあるものの,子どもの年齢や発育の程度に応じてその限界線は可変的であるべきと言えます。ここでは,知る権利に対する制約という憲法上重い制約であることに照らして,フィルタリングによって廃除される表現はどのようなものであるべきか(=実体要件),フィルタリングの内容・程度をどのような手続に基づき決定・実施しているか(=手続要件)の両方が,問われることになります。

ネット上の青少年有害情報閲覧規制(4)
青少年有害情報に対するフィルタリングを立法で義務化する部分については,それ自体は成人の知る権利には影響しませんが,子どもの知る権利に対する制約として,程度の差こそあれ表現の自由に関する制約である点には変わりはありません。したがって,青少年有害情報の定義を十分明確化した上で,子どもの発育程度に応じた適切なフィルタリングを実施することが必要でしょう。制限の対象となるかどうかが不明確であれば,自ずから萎縮的効果を伴う虞があります。立法案としては,法律において概ね定義をした上で,詳細は第三者機関の判断に委ねる趣旨のようです。(中略)
 下位機関への委任は本来国会が唯一の立法機関であることに照らして,民主制を空洞化させかねない要素があるものです。しかも本件は表現の自由への制限となるものであり,民主政の成立基盤とは無関係とはいえないものです。したがって,下位機関への委任は,それがどのような人選に基づくか,どのような手続で基準が定立されるのかも含めて,慎重に検討されるべきことと思料しております。


 自民党の論議が最終的にどう決着するか、わたしにはよく分からないところもあるので、規制の法案自体への論評は控えますが、田島さんが指摘している通り、「知る権利」との関係で、法による規制には「実体要件」「手続要件」の双方を満たしているかが重要だと思います。そしてその双方とも、現在の法規制論では不十分だと思います。
 また、そもそも論というか、法による規制の大前提として「もはや法で規制しなければ青少年を守れない」という状況なのかどうかが最大の問題でもあるでしょう。この点でいえば、関係業界による自主的な取り組みが既に始まっており、まずはその推移を見極めるべきであり、法による規制は、仮に百歩譲るとしても時期尚早だとわたしは考えています。

(続きます)
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by news-worker2 | 2008-05-18 13:06 | 表現の自由
 12日付けの産経新聞朝刊(わたしが居住している東京地区では産経新聞は朝刊単独の発行です)に「有害サイト対策 与党内で対立」「『法規制』か『自主規制』か」という見出しの特集記事が掲載されました。リード部分を引用します。

 インターネットの出会い系や硫化水素自殺を助長する自殺系といわれる有害情報・サイトの規制をどうすべきかをめぐって、与党内で「法規制派」と「自主規制派」が対立している。民主党は業界に努力義務を課すが基本的には自主規制に任せる案を検討中だ。言論の自由にもかかわる問題だけに、論争は長期化しそうだ。

 記事をごく大雑把に要約すれば、現状は①自民党では高市早苗前少子化担当相を委員長とする党青少年特別委員会が、有害情報の削除を義務化し罰金や懲役も設けた法規制の議員立法に積極的②党総務会は高市氏の案に「事前検閲になりかねず表現の自由を阻害する」と反発し、プロジェクトチームを立ち上げて近く意見をまとめる③民主党のプロジェクトチームは、有害情報の規制は業界団体の自主規制や努力によって行うべきだとする中間報告をまとめた④当事者の電気・情報通信業界は法規制に反発を強め、自主的な取り組みに動き始めた―となります。特集記事に付けられた堀部政男一橋大名誉教授のコメントは「国が法で規制するよりも、民間の取り組みが発展するように、サポートする仕組みをつくることの方が重要ではないか」と締めくくっています。
 「有害情報」を理由としたインターネットに対する法規制の動きに対しては、ネット界ではしばらく前から話題になり、危惧する声が高まっています。マスメディアで働くわたし自身は、法規制の動き自体もさることながら、この問題は新聞や放送など既存マスメディアにとっても表現の自由の観点から軽視できない問題のはずなのに、決してマスメディア全体の関心が深まっているようには見えない、そのことの方がむしろ問題だと感じていました。一方で、4月15日に文部科学省が公表したいわゆる「学校裏サイト」の調査結果や、最近では4月30日に警察庁が硫化水素自殺対策として「硫化水素ガスの製造を誘因」するネット上の情報に対して、有害情報として削除を要請するよう通達を出したことなどは、各メディアとも大きく報じています。このままでは、既存マスメディアの報道は「ネット=有害情報が氾濫」とのマイナスイメージだけが肥大化していきかねないことを危惧しています。そうした報道が世論に対し、ネットに対する法規制のハードルを下げる方向に作用し、結果として法規制を許すことにでもなれば、表現の自由の観点からは、既存マスメディアが自分の首を絞めることにつながるでしょう。

(続きます)
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by news-worker2 | 2008-05-13 02:15 | 表現の自由