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カテゴリ:憲法( 14 )

 航空自衛隊トップの田母神俊雄・航空幕僚長が、過去の中国侵略や朝鮮半島の植民地支配を正当化して「わが国が侵略国家だったなどというのはまさにぬれぎぬ」と主張する論文を発表し、マンション・ホテルチェーンのAPAグループが主催する「第1回真の近現代史観」懸賞論文で最優秀賞に選ばれたことが10月31日に分かり、更迭されました。マスメディアでも大きく報道されましたが、論文は政府の憲法解釈で禁止されている集団的自衛権行使や「攻撃的兵器」の保有解禁も必要だと主張していると読み取れる内容になっています。APAグループのホームページでは「航空幕僚長」の肩書きを明記して紹介しています。「日本は侵略国家であったのか」と題した論文はこのホームページからPDFファイルでダウンロードできます。
 わたしは、田母神氏の更迭は当然のことと受け止めています。
 仮に田母神氏の主張の当否をさて置くとしても、まず幹部職の国家公務員、しかも自衛隊の制服組のトップクラスの人物が、官職を名乗り国内政治的にも外交的にも賛否が割れるような内容の見解を外部に公表すること自体、信じがたい行動です。自衛隊のシビリアンコントロールの根幹にかかわることであり、このことだけで田母神氏は「その任にあらず」と言っていいでしょう。しかもその内容たるや、少なくとも「過去の侵略」についての見解は完全に従来の政府見解と異なるものであり、軽挙妄動の極みだと思います。また、懸賞論文のテーマは「真の近現代史観」であって「歴史研究」ではないと読めなくもないのですが、到底、歴史研究の成果として論争に耐えられるレベルでもないと思います。
 田母神氏は、以前のエントリー(「名古屋高裁判決についての航空幕僚長発言に感じる危うさ」や「イラク自衛隊撤収と名古屋高裁判決をめぐる『その後』」を参照ください)でも取り上げましたが、イラクでの航空自衛隊の武装兵員空輸活動を違憲、違法とした4月17日の名古屋高裁判決に対し、記者会見で「(隊員の気持ちを代弁すれば)『そんなの関係ねえ』という状況だ」と言い放った人物です。行政側の高官の一員として、司法をやゆし、3権分立をないがしろにしたとも受け取られかねないこの発言に対し、政府は何ら問題視しようともしませんでした。
 さすがに今回の論文では即日、更迭となりましたが、それで問題は終わりではないと考えています。本当にわたしが危惧するのは、自衛官が自衛官たる本分をわきまえているなら起こるはずがないこと、そんなことを実際に制服組のトップが起こしている、そのこと自体が何を意味しているのか、です。自衛隊の中でいったい何が進行中なのか、分かったものではないという不安を感じています。
 田母神氏の今回の一件は、個人レベルでの思想・信条の自由、内心の自由とはまったく異質の問題だと思います。自衛官は国の独立を守ることを職責とし、そのために暴力の行使を容認されています。独立を守るべきその国は民主主義で運営されており、その社会には多様な価値観が担保されていなければならないはずです。なのに、制服自衛官のトップが自らの価値観を主張し、その価値観と相容れない人びとを批判するに等しい論文を官職を明らかにして発表して、果たして暴力の行使を付託するに問題ないと言えるでしょうか。田母神氏が個人の信条として独自の「歴史観」を持っていて、そのこと自体は内心の自由だとしても、航空自衛隊という軍事組織のトップである以上、個人的な見解を官職を明らかにして公表することは、日本が民主主義社会である以上は許されないことだと思います。
 自らの社会的な存在意義を理解できていないとしか考えられないこのようなトップがどうして出てきたのか、論文公表は〝確信犯〟ではないのか、幹部自衛官らのシビリアンコントロール遵守に懸念はないのか、自衛隊の中で何が起こっているのか。これらの点の徹底的な検証もジャーナリズムの課題だと思います。
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by news-worker2 | 2008-11-03 00:52 | 憲法
 弁護士でもある橋下徹大阪府知事が知事就任前、山口県光市の母子殺害事件の差し戻し審被告弁護団について、テレビ番組で「主張内容は荒唐無稽で許されない」などとして、弁護団への懲戒請求を呼び掛けていました。弁護団が橋下氏に賠償を求めていた訴訟の判決が2日、広島地裁であり、橋下氏の発言は名誉棄損に当たるとして800万円の賠償を命じました。
 *判決要旨、記者団に対する橋下氏の一問一答=いずれも共同通信
 請求額は1200万円でしたが、実質的に橋下氏の完敗です。判決は、橋下氏が弁護士として法的根拠がないことを知っていながら、あえて請求を呼び掛けたと認定しました。 判決は刑事弁護の一般論にも通じる数々の判断を示しています。「弁護士の使命は少数派の基本的人権の保護にあり、弁護士の活動が多数派の意向に沿わない場合もあり得る」「刑事弁護人の役割は刑事被告人の基本的人権の擁護であり、多数の人から批判されたことをもって懲戒されることはあり得ない」「(主張が)荒唐無稽だったとしても刑事被告人の意向に沿った主張をする以上、弁護士の品位を損なう非行とは到底言えない」などです。報道で判決要旨を読んだ限りの感想ですが、わたしは裁判官が「橋下氏が法律の専門家でありながら」という点を重視し、だからこそ悪質性が一層高いと判断した、との印象を持っています。
 訴訟では、橋下氏を出演させたテレビ局は係争の当事者になっておらず、従って判決もテレビ局については言及がないようですが、刑事裁判の原理原則、少数意見の尊重に自覚があれば、法律の専門家であってもゲストとして招く以上は人選や発言内容、発言の取り上げ方に留意すべきだったのではないかと思います。
 判決が示した刑事裁判についての数々の指摘は、裁判をどう報じるかという点で、あるいは裁判報道に限らず少数意見の尊重という観点からも、マスメディアの在り方にも深くかかわることだと思います。特に「弁護士の使命は少数派の基本的人権の保護にあり、弁護士の活動が多数派の意向に沿わない場合もあり得る」との指摘は、マスメディアにもそのままではないにせよ、相当程度当てはまるのではないかと思います。社会には多様な意見があること、少数意見は少数であるが故になおさら尊重されなければならないことをマスメディアは忘れてはならないと思いますし、わたし自身もマスメディアで働く一人として、あらためて肝に銘じています。

 光市の事件の差し戻し控訴審とテレビについては、BPO(放送倫理・番組向上機構)の放送倫理検証委員会が今年4月、各局の番組の検証結果を公表しています。

委員会決定第04号 光市母子殺害事件の差戻控訴審に関する放送についての意見
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by news-worker2 | 2008-10-03 03:31 | 憲法
 麻生内閣が発足してわずか5日、中山成彬国土交通相が28日、辞任しました。「成田空港反対派は『ごね得』」「日本は単一民族」「日教組の強いところは学力が低い」の発言3点セットに始まり、27日は日教組攻撃発言をエスカレートさせ「日本の教育のがん」「解体しなきゃいかん」「ぶっ壊せ」とまで。28日の辞任後の記者会見では、日教組に関する一連の発言だけは撤回しなかったと伝えられています。
 わたしは、中山氏の一連の発言をひとくくりに「失言」ととらえることに違和感があります。少なくとも日教組攻撃は、中山氏自身が意図的に、確信を持って表現を強めていきました。その内容たるや、失言どころではなく「問題発言」「暴言」などの表現でも収まらないくらい、多々問題を含んでいると思います。
 日教組(日本教職員組合)とは何なのかと言えば、合法的に組織されている教職員の労働組合です。労働組合は直接的に憲法28条の労働3権の規定で、国民の権利として明記されています。また21条には結社の自由も明記されています。
 仮に特定の結社、団体、労組の活動に自分の考えと相反する内容があったとして、それを批判するのは基本的に自由だと思います。それもまた表現の自由ですし、批判には反論で答え、そうやって言論の自由が社会に担保されることになります。しかし、自分の考えと相容れないからといって、相手の存在を認めないことは許されるはずもないことです。それでは民主主義は成り立ちません。
 中山氏の「日教組は解体が必要」「ぶっ壊す」などの数々の発言は、閣僚としてはもちろんのこと、国会議員として明らかに憲法遵守義務の一線を越えています。「失言」で済むレベルではなく、憲法、立憲政治に直接かかわる問題だと思います。深刻なのは、中山氏自身に、憲法をないがしろにし、民主主義を危うくする内容であることの自覚が全くうかがえないことです。自分で自分が何を言っているのか、その意味がよく分かっていないとしか思えません。

*追記(9月28日17時55分)
 時事通信が辞任後の中山氏の記者会見の一問一答をアップしました。記録の意味で、日教組攻撃発言にかかわる部分を一部引用します。
 -日教組発言を撤回しないと言ったが。
 政治家中山成彬としては撤回したという考えはない。
 -日教組に対する認識は。
 問題はごく一部の過激な分子。日教組の中にもまじめに授業に取り組んでいる先生もいるが、政治的に子どもたちを駄目にして日本を駄目にしようという闘争方針で活動している方々がいる。それが日本を駄目にしている。
(中略)
 -なぜそこまでこだわったのか。
 それほど重要な問題。なぜこんなゆがんだ教育が行われているかについて関心を引きたかった。(報道各社インタビューで)国交相の仕事は何かと質問を受け、安心安全に暮らせる日本をバトンタッチするんだと答えているうちに、そこに住む日本人をちゃんと育てないといけないという気持ちがますます強くなった。
 -日教組の問題を言って良かったか。
 もちろん良かったと思う。
 -大分の人たちはどう感じたと思うか。
 大分県を名指しで言ったのは申し訳ない。
 -昨日、宮崎でなぜああいう(日教組批判の)発言を。
 確信的にあえて申し上げた。

 「問題はごく一部の過激な分子」と言いながら、なぜ「まじめに授業に取り組んでいる先生もいる」組合を組織丸ごと解体し、ぶっ壊さなければならないのでしょうか。
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by news-worker2 | 2008-09-28 16:14 | 憲法
 少し時間がたってしまいましたが、イラクへの自衛隊派遣をめぐって政府は9月11日、航空自衛隊の派遣部隊を年内にも撤収させる方針を正式に表明しました。それまでもマスメディアの報道などで伝えられていたことであり、撤収方針それ自体には大きな驚きはありませんでしたが、米英軍のイラク侵攻につながる2001年の米中枢同時テロからちょうど7年に当たる日、しかも自民党総裁選の真っ只中での正式表明には、わたしは現政権の意図的な思惑を感じずにはいられません。マスメディアの報道も一様に指摘していますが、名古屋高裁がことし4月17日、航空自衛隊の物資輸送活動を憲法9条違反などとする判断を示しました。そうしたこともあって、イラクへの自衛隊派遣継続を掲げていては自民党総裁選後に予想される衆院選に勝てない、と政権・与党が判断したと考えても、うがち過ぎではないだろうと思います。
 自衛隊の撤収自体には、わたしは個人的な考えとして異論はありません。問題は、派遣部隊の活動をめぐって、政府の具体的な情報開示が依然としてないことだと考えています。
 名古屋高裁判決は、自衛隊の空輸先に含まれているバグダッドが「戦闘地域」であること、その戦闘地域で戦闘に従事する武装兵員をも空輸していることを認定し、「違憲」判断を導きました。しかし、判決が確定して以降、今に至るまでも政府・防衛省は具体的にバグダッドへ何を運んだのか、情報開示をしていません。政府は様々なレベルで「違憲」への不快感を表明しましたが、本来ならば、情報を開示し是非を有権者の判断に委ねるのが民主主義のありようではないかと思います。3権分立の観点からみて、司法の指摘を行政が黙殺している現状で、では何が必要なのか。わたしは、その一つとして、自衛隊が実際に運んだもの、運んでいるものは何なのかを独自に検証して報道し、政府に情報公開を迫っていくジャーナリズムがあると思います。多大な困難はあろうとも、新聞をはじめマスメディアの組織ジャーナリズムがそれを成し遂げてこそ、権力の監視役に足りうるのだと思います。

 名古屋高裁判決の意味を広く社会に広めていこうと、訴訟の原告側弁護団が各地で報告会を開いていることを最近知りました。8月末現在で既に150回を超えたそうです。
 「自衛隊イラク派兵違憲判決~その後」(弁護団のホームページ)

 この取り組みを知って「訴訟は判決が確定したら終わり、ではない」ということに、あらためて気付かされました。訴訟を起こし、判決が出たらそれを社会に知らせてゆく、そのこと自体がひとつの「運動」なのだと思います。権力側の動向を情報として発信するのと同じように、そうした運動をも紹介していくこともマスメディアのジャーナリズムの責務だろうと考えています。

 イラクへの自衛隊派遣と名古屋高裁判決に関連したわたしの過去エントリを以下にまとめておきます(新着順です)。

近況:「軍事報道と表現の自由」の講義が終わりました
福島元判事の東京新聞インタビュー記事~憲法記念日と新聞、マスメディア
自衛隊イラク派遣の違憲判断が確定
名古屋高裁判決についての航空幕僚長発言に感じる危うさ
だれにも戦争協力拒否権がある~名古屋高裁の空自イラク派遣「違憲」判断に思うこと
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by news-worker2 | 2008-09-15 10:45 | 憲法
 以前のエントリで紹介した海上自衛隊の護衛艦「さわぎり」乗組員の自殺をめぐる訴訟で、上官に指導の域を超えた侮蔑的な言動があり、これによるストレスが原因のうつ病で自殺したと認定した福岡高裁判決が確定しました。共同通信の記事を引用します。
3曹自殺訴訟、国の敗訴が確定 防衛次官、上告断念を発表
 海上自衛隊佐世保基地(長崎県佐世保市)の護衛艦さわぎりで男性3等海曹=当時(21)=が自殺した原因を「上司の侮辱的言動によるストレス」と認め、国に350万円の賠償を命じた福岡高裁判決について、防衛省の増田好平事務次官は8日の記者会見で、上告しないことを正式に発表した。両親側逆転勝訴の高裁判決が確定。
 増田次官は「判決を検討した結果、憲法解釈の誤りなど上告理由に当たる事項はなかった。二度と起こらないよう隊員の身上を把握し再発防止に努めたい」と述べた。

 再発防止のためには、まず防衛省・自衛隊が、単に訴訟技術上の方便にとどまることなく、実態として指導の域を超えた上官の「侮蔑的言動」があったことを正面から認めることが必要です。ひとたび出航すればどこにも逃げ場がなく、しかも階級に律せられている海上勤務の自衛隊員が、どれだけ精神的に追い詰められていたかに思いを致し、真に実効的な対策が採られることを期待したいと思います。マスメディアも継続して防衛省・自衛隊の動向をフォローすべきだと思います。
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by news-worker2 | 2008-09-09 01:34 | 憲法
 海上自衛隊の護衛艦乗組員だった海上自衛隊の男性隊員が1999年、艦内で自殺したのは上官のいじめが原因だったとして、遺族が国に損害賠償を求めた訴訟で、福岡高裁が25日、請求を棄却した一審判決を見直し、350万円の支払いを命じる逆転判決を言い渡しました。直接「いじめ」という言葉で不法行為を認定しているわけではないようですが、上官に指導の域を超えた侮蔑的な言動があり、これによるストレスが原因のうつ病で自殺したと認定したようです。遺族側の逆転勝訴と言っていいと思います。共同通信の記事を引用します。

海自3曹自殺で賠償命令 国に350万、福岡高裁
 海上自衛隊佐世保基地(長崎県佐世保市)の護衛艦さわぎりの艦内で1999年、男性3等海曹=当時(21)=が自殺したのは上司のいじめが原因として、宮崎市の両親が国に2000万円の賠償などを求めた訴訟の控訴審判決で、福岡高裁は25日、請求を棄却した1審長崎地裁佐世保支部判決を変更、350万円の支払いを命じた。
 判決理由で牧弘二裁判長は「3曹はうつ病が原因で自殺したと認められ、その原因は上司の侮辱的言動によるストレス」と認定。「上司の言動は3曹をひぼうし、心理的負荷を過度に蓄積させるような内容で、指導の域を超える違法なものだ」と指摘し、自殺と因果関係があると判断、国の安全配慮義務違反を認めた。

 判決後に記者会見した原告遺族は「再発防止の第一歩は、国が上告せずに判決を受け入れることだ」と指摘しました。再び共同通信の記事を引用します。

「自衛官の人権に配慮を」 侮辱的言動の認定で両親
 海上自衛隊佐世保基地(長崎県佐世保市)の護衛艦さわぎりの艦内で男性3等海曹=当時(21)=が自殺した原因を上司の侮辱的言動と認定し、国に賠償を命じた福岡高裁判決を受けて、宮崎市に住む両親が25日午後、福岡市内で記者会見し「判決を機に、少しでも自衛官の人権に目を向けてほしい」と訴えた。
 3曹の父親は「画期的な判決をいただいた」と安堵の表情を見せ、「自殺を考えたり悩んだりしている自衛官は、ほかにもいるはずだ。再発防止の第一歩は、国が上告せずに判決を受け入れることだ」と指摘した。
 
 この「さわぎり」自殺訴訟は、以前のエントリで紹介したジャーナリスト三宅勝久さんの著書「自衛隊員が死んでいく」にもレポートが掲載されています。護衛艦乗組員の自殺をめぐる訴訟はほかにもあり、航空自衛隊では女性自衛官へのセクシャルハラスメント、退職強要をめぐる訴訟も提起されていることも紹介されています。 
 常に憲法9条との関係が論議になる自衛隊ですが、憲法との関わりでのありように様々な意見があることはひとまず置くとして、「組織と個人」の観点から考えるとき、わたしは防衛省・自衛隊がメンツにこだわることなく、一人の若い自衛官が自ら命を絶った事実に率直に向き合ってほしいと思います。原因が上官のパワーハラスメントとも呼べる言動にあったと司法が認定したことの重みは相当なものです。上官の個人的資質に問題を矮小化させることなく、組織として隊員個々人をどう守っていくのかを考えてほしいと思います。
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by news-worker2 | 2008-08-26 02:52 | 憲法
 少し時間が経ってしまいましたが、22日付の朝日新聞朝刊総合面(東京本社発行)の「あしたを考える」の欄「夏に語る」に、ジャーナリストむのたけじさんの長文のインタビュー記事が掲載されています。
 93歳のむのさんは1945年8月、新聞が戦争の実相を国民に伝えてこなかったことに責任を感じて朝日新聞社を退社し、その後、郷里の秋田県で週刊新聞「たいまつ」を創刊したことで知られます。略年譜を朝日新聞の記事より引用します。
1945年 8月、「負け戦を勝ち戦とだまして報道した責任をとる」と朝日新聞を退社。40年に報知新聞を経て朝日に入社し、中国特派員や東南アジア特派員などを歴任していた
1948年 郷里の秋田県に戻り、横手市で週刊新聞「たいまつ」を創刊
1978年 780号をもって「たいまつ」休刊
2001年 たいまつ休刊後、農業問題を中心に各地を講演、その活動が評価され農民文化賞を受ける
2003年 秋田県湯沢市で「平和塾」を開講。「塾」は05年まで続いた

 あの戦争を新聞記者として体験し、戦後は商業新聞の外に身を置いて平和のための運動を続けてきた大先輩の数々の指摘は、わたしには厳しい叱咤のようにも、また励ましのようにも読み取れました。
 実は昨年10月、沖縄で開かれたある集会で、むのさんのお話を直接、聞く機会がありました。そのときのもようは後述します。まずは朝日の記事本文の書き出しを引用します。
 転換点は、あるのではなくて、自分でつくるのよ。それは12月8日。始まった日があるから原爆があって終わった日、8月15日がある。原因をつぶさなければ同じことが起きる。なぜあの日があったのか。その日の様子はどうだったのか。誰が仕組んだのか。国民の誰一人として相談受けなかったでしょ。
 朝日新聞も、真珠湾奇襲の大軍事行動を知らなかった。私は東京社会部で浦和(現さいたま市)に住んでいて、朝6時か7時か本社から電報が来たの。全社員に同じ文章。「直ちに出社せよ」だ。うんと寒かったな。
 行ってみたら戦争が始まったって。編集局みんなショック受けちゃって。だれも物言えなかった。異様な沈黙でしたよ。最初は「戦争状態に入った」。しばらくして「真珠湾で軍艦やっつけた」。そういう発表があったけど、万歳なんて喜ぶ馬鹿はいなかったな。通夜みたいな感じでした。何も知らないうちに始まったショックと、これからどうなるかという不安ですよ。
 そしてずるずると300万人の同胞を死なせ、2千万人の中国人を殺した。こんなことがあっていいのかと考えなきゃいかんでしょ。考えたらそうならないための365日の生活の中での戦いが必要だということになるんじゃないですか。

 自身の戦後と、現在の戦争と平和に対する考えについては次のように語っています。
 私は朝日を退社以来、戦争をなくすることに命をかけてきた。平和運動だ、抗議集会だと何千回もやったけど、一度も戦争をたくらむ勢力に有効な打撃を与えられなかった。軍需産業は成長しているんじゃないの。「戦争反対行動に参加した私は良心的だ」という自己満足運動だから。それでも意思表示をしないと権力は「民衆は反対していない」と勝手な判断をするからやめるわけにはいかない。
 でもそれだけじゃダメだ。今は「戦争はいらぬ、やれぬ」の二つの平和運動でないとならない、と怒鳴り声をあげている。
 「いらぬ」というのは、資本主義を否定すること。戦争は国家対国家、デモクラシー対ファッショなどあったが、今、根底にあるのは、人工的に起こす消費。これだけなんだ。作って売ってもうける。そこにある欲望が、戦争に拍車をかけてきた。
 無限の発展はいらない。当たり前の平凡な、モノ・カネ主義でない、腹八部目で我慢する生き方が必要なんです。地球の環境を大事にするとか、スローペースの生き方ですよ。
 そのことに一人一人が目覚め、生活の主人公になること。これが資本主義を否定する人間主義の生き方。戦争のたくらみをやめさせるのはこれなんだ。

 全文で170行以上の長大な記事ですが、従軍記者経験に基づいて「戦争には、弾丸の飛ぶ段階と飛ばない段階がある」と看破していることにも強い印象を受けました。朝日新聞のサイトにはアップされておらず、紙面を手に取るしかないようですが、現在のマスメディアの記者にぜひ読んでほしいと思います。

d0140015_1058151.jpg むのさんは昨年10月、沖縄で開催されたマスメディア労組主催の集会で基調講演をしました。当時、わたしは労働組合専従から復職して1年余の時期で、自身の仕事の意味や働き方を再確認しなければならない、との思いが日増しに強まっていました。むのさんが集会に参加することを聞き、たまらず週末の休みを利用して沖縄に行きました。少し長いのですが、以下に、わたしが当時所属していた労組の新聞研究活動の機関紙に投稿したレポートを再掲します。写真は沖縄の集会での、むのさんです。

 「戦争が始まってしまってから『ヒューマニズム』や『反戦平和』と言ってみても何の役にも立たない。戦争を止めようとするなら、やらせないことしかない」。むのたけじさん(92)は大きな声で切り出した。10月13日(土)、那覇市で開かれた沖縄県マスコミ労働組合協議会主催の2007反戦ティーチイン「戦争への道を止めるために―ジャーナリズムと労組の責任を考える」に参加した。むのさんは1945年8月、自らの戦争責任を明白にして朝日新聞社を退社し、戦後は郷里の秋田県・横手で週刊新聞「たいまつ」を刊行。今も反戦・平和に積極的に発言を続けている。今回は秋田から来訪し、「いい記事を書くために、生活の現場に心を砕き、自分の命を洗いながら、民衆の中に飛び込んでほしい」と後輩のわたしたちをも励ました。むのさんの基調講演を紹介する。
 沖縄マスコミ労協は、沖縄県内の新聞、放送の労働組合で結成。毎年10月を反戦月間と位置づけ、市民参加のティーチインを開催している。新聞労連や民放労連、出版労連が加盟する日本マスコミ文化情報労組会議(MIC)が昨年から共催に名を連ね、平和と民主主義を守るための運動の一環として、広島や長崎とともに、地域のマスコミ共闘組織との連携・共闘の柱と位置づけている。ことしの沖縄の反戦ティーチインには、MICからの30数人を含め、組合員と市民計約200人が参加。14日付の沖縄タイムス、琉球新報両紙も社会面で紹介した。
 むのさんはまず「戦争を食い止めるために、ジャーナリズムと労働組合にも責任があることは明らかだ。しかし、今の日本のジャーナリズムと労組に第3次世界大戦を食い止められるか。今のままでは可能性はゼロだ」と言い切った。続けて「70数年間の経験から言うと、既に第3次大戦は始まってしまった」とも。「戦争を止める」ということについて、要点を3点に要約した。
 第1は、戦争が始まってしまってからでは、ヒューマニズムや反戦・平和と言ってみても何の役にも立たない、戦争を止めるなら「やらせない」ことしかない。第2は、戦場では相手を殺さなければ自分が殺される。この一事のために、全身が縛り付けられ、やがて人間は一個のけだものになってしまう。社会にも同じムードが漂う。武器を手にしていようがいまいが、戦争とは人がけだものになることであり、社会がそれを許すこと。第3は、戦争には2つの段階、すなわち銃砲弾が飛び交う段階と、その以前の段階との2つの段階があること。
 第3の点に関連して、むのさんは戦前戦中の自身の取材経験を話す。日本軍はインドネシア占領後、昭和17年3月に軍政を布告し、司令官が大東亜共栄を宣言した。しかしその宣言は一字一句、太平洋戦争開戦から1年半も前に準備されていたものだった。「戦争を企んでいた連中は、昭和15年のときから、あるいはもっと以前から準備を進めていた。弾が飛ばない前の段階で民衆を組織しないと、戦争は防げない」とむのさんは強調する。治安維持法をはじめとする統制で当時は縛られていたが、今は報道の自由があり、抵抗する権利があり、主権者は国民だと明白に憲法に書かれている。
 「最近は目が不自由になり、情報源はNHKのニュースだけ。しかし、そのNHKニュースだけ聞いていても、もはや第3次大戦は始まっている」。むのさんは、米陸軍第1軍団の神奈川移転計画が持ち上がったときが、その始まりだと指摘する。「第1軍団の任務地域は中国からインドにかけて。その司令部を米本土から現地に近い日本に移すということは、近い将来に中国からインドにかけての地域で米軍が軍事行動を想定しているということだ」。時に仲良く見せながら、戦うか否か、つばぜり合いが続く。これから3年―5年が、戦争を食い止められる最後のチャンスになるだろうと、むのさんは言う。
 では、どうやってその戦争を食い止めるのか。その一つの道として、むのさんはジャーナリストのヒューマニズムを挙げる。戦時中、多くの従軍記者が戦場に赴いたが、どんなに危機に陥っても、自分で銃を手に取ろうとした記者はいなかった。そこに、ヒューマニズムに根ざす近代の情報産業の命があるのではないか、とむのさん。「マスコミが本来のマスコミの姿で真実をはっきり暴き出し、民衆に伝えること。マスコミが本来の役割を果たせば、民衆が戦争を止めるエネルギーを作り出す」。
 「これは今日、ここにいる皆さんへのお願いだ」と、むのさんの声に一段と力がこもった。「何でもいい、明日からの自分を作る目標を持って欲しい。それをエネルギーに、現場の中で、労働者の連帯の中でがんばってほしい」。互いに意見をぶつけ合うことが必要だとも。戦時中は、職場でも2人では会話ができても、3人目が来ると皆口をつぐんだという。「だから観念論はあっても、戦争をやる人間を止められなかった」。
 新聞記者に対しては「生活の現場、人間の関係を密にすることに心を砕け」と訴える。「人間として自分の生活も大事にしながら、読者の中に入って学び、自分の命を洗いながら民衆の中に飛び込んで行くこと」。そうでなければ面白い記事は書けない、と言う。
 「観念論ではダメだ。労組も政党も数を頼るからダメだ。数だけ70万人集まっても、死を覚悟した7人の方が強い」。1人1人が自分を変えながら、人との結びつきを作っていくこと。「観念論を卒業して、新しい人類を作っていくためにがんばろうじゃないか」と、むのさんは講演を締めくくった。

 62年前に日本の敗戦で終わったあの戦争の時代を、新聞人として生きたむのさんの話を聞きながら「戦争で最初に犠牲になるのは真実」「戦争が起きた時点でジャーナリズムは一度敗北している」という有名な2つの言葉をあらためて思い起こした。あの時代、新聞産業は戦争遂行に加担した。むのさんは自らの戦争責任と向き合い新聞社の職場を去ったが、戦後の新聞の労働運動は「2度と戦争のためにペンをとらない、輪転機を回さない」が合言葉になった。あの時代を新聞人として生きた先輩たちの思いはみな一緒だったのだろうと思う。「もはや戦前」とも言われ、むのさんによれば「弾が飛ばない段階として、既に戦争は始まっている」という今、「観念論ではダメだ」というむのさんの言葉が胸に突き刺さる。
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by news-worker2 | 2008-08-24 11:02 | 憲法
 お知らせです。
 以前のエントリで紹介したシンポ「憲法25条・生存権とメディア」のやり取りの詳報がサイト「憲法メディアフォーラム」にアップされました。トップページからPDFファイルでダウンロードできます。31枚分と大部ですが、ぜひ一読ください。

 サイト「憲法メディアフォーラム」トップ
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by news-worker2 | 2008-05-30 00:17 | 憲法
 きょう(5月3日)は憲法記念日。日本国憲法は施行から61年になりました。新聞もそれぞれに憲法を取り上げています。その中で東京新聞が特報面で、「長沼ナイキ訴訟」で1973年に自衛隊を憲法9条違反とする札幌地裁判決を出した元判事で弁護士の福島重雄さんに取材した長文の記事を掲載しているのが目を引きました。
 前回のエントリーで、朝日新聞が掲載した福島元判事の寄稿に触れましたが、きょうの東京新聞の記事も読み応えがあります。航空自衛隊のイラクでの武装兵空輸活動を違憲と判断した先日の名古屋高裁判決に関心がある方は、ぜひ手にとって読むことをお勧めします。
 以下に、記事の一部を引用します。

 「そんなの関係ねえ」(田母神俊雄航空幕僚長)発言に代表される司法軽視に憤る一方、司法自身の政治追従、憲法判断回避を「怠慢、不作為」と嘆く。ナイキ判決は、憲法判断回避が続けば「違憲状態の拡大を認めたのと同じ結果を招き、違憲審査権の行使も次第に困難にし、公務員の憲法擁護の義務も空虚にする」と〝予言〟していた。判決は、裁判所は政治的な判断をせず、ただ憲法に合うか否かだけを審査するものだと強調したが、多くの裁判官はついてこなかった。
 最高裁の長官や判事は、内閣に指名、任命される。「その最高裁が下級審を操る。どうしても政府の意向に沿うような流れになります。誰だって冷や飯を食うのは嫌だし、流れに乗って所長にでもなったほうがいいと思う。そういう裁判所の体制にしちゃったのがね…。本来もっと和気あいあいとした所だったが、司法行政がそういうふうにつくってしまった」
 ナイキ判決に対する自信は今も揺るぎない。「おかしな判決を書いたとは思いません」

 福島元判事の指摘は、マスメディアの組織ジャーナリズムにもあてはまる一面があるかもしれません。
 今回に限らず東京新聞の特報面は、テーマ設定自体からも取材した記者、担当したデスクの顔が見える、という意味で、わたしは共感を抱いています。

 けさの朝刊各紙は自宅で購読している朝日新聞、東京新聞以外はネットでざっと読んだだけですが、東京の大手紙各紙の社説の中では、「憲法記念日 論議を休止してはならない」とする読売新聞と、「憲法施行61年 不法な暴力座視するな 海賊抑止の国際連携参加を」とする産経新聞の両紙を興味深く読みました。
 4月8日に読売新聞が掲載した同紙の世論調査では、改憲に「反対」が43・1%と「賛成」の42・5%を上回る結果が出ており、これを受けてきょうの社説にどのような論調を掲げるのか、興味がありましたが、意外感はなく「やはりそうきたか」と感じる内容でした。
 少し驚きを感じたのは産経新聞です。見出しにもあるように、中東での日本船籍タンカーの海賊被害を取り上げ「これでは日本は国際社会の平和と安定に寄与することはむろん、国の安全を保っていくことも難しい。憲法守って国滅ぶである」と説きました。直接的に「改憲せよ」というような表現を前面に出すことはせず、読みようによっては(うがった見方かもしれませんが)一層の解釈改憲を主張しているようにも感じました。

 きょう一日、各地で憲法をめぐるさまざまな動きがあるでしょう。表現の自由が問われた映画「靖国 YASUKUNI」の一般公開も始まります。その一日をマスメディアはそれぞれにどんな風に伝えようとするのか。きょうは祝日で大学の授業は休講ですが、仮に授業があったとしたら、わたしは学生たちとそんな話をしたいと考えています。
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by news-worker2 | 2008-05-03 10:22 | 憲法
 自衛隊のイラク派遣をめぐり、航空自衛隊の物資空輸活動に違憲判断を示した4月17日の名古屋高裁判決が5月2日午前零時をもって確定しました。「違憲」「違法(イラク復興支援特別措置法にも違反する)」との判断が確定したのに、航空自衛隊の制服トップである航空幕僚長が記者会見で「そんなの関係ねえ」と発言したことに何ら、文民である防衛大臣からも、自衛隊の最高指揮官である首相からもおとがめはなく、自衛隊の派遣部隊の活動も昨日と同じように続いていく。そのことへのわたしの個人的な意見はさておいても、現状自体は、海外から見た時には異常に見えるのではないかと思えてなりません。
 今回の訴訟は、結論が請求の却下、棄却だとしても、「今回の原告」たちの請求が認められなかった、ということであり、別の立場の原告が提訴していれば、イラクでの航空自衛隊の活動が「違憲」「違法」だという判断を前提に、派遣の差し止めをめぐって突っ込んだ判断に移ったであろうと考えることに、さほど論理の飛躍はないと思います。だから、訴えを認容するかどうか、結論を下す前提として、自衛隊の活動が合憲、適法かどうかの判断は、原告の訴えに真摯に向き合おうとするならば、名古屋高裁の裁判官たちにとっては避けては通れない判断だったのだろうとわたしは考えています。
 今回の判決に寄せられている「傍論」「蛇足判決」「不当判決」などの批判について、わたしは同意はできなくてもその発想自体は理解できなくもありません。そんな中で、5月1日の朝日新聞朝刊に掲載された元判事で弁護士の福島重雄さんの「司法は堂々と憲法判断を」と題した文章に目が釘付けになりました。詳しくは朝日新聞の紙面(ネットでは見当たらないようです)を手に取って読んでほしいのですが、ここでは訴訟の原告でもあった天木直人さんのブログの記述を引用します。

(続きます)
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by news-worker2 | 2008-05-02 00:53 | 憲法