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カテゴリ:新聞・マスメディア( 17 )

 来春の就職活動(2010年春入社)を予定している人向けのお知らせです。
 新聞、出版、広告の3産業の産業別労働組合(産別)である新聞労連、出版労連、広告労協が合同で主催する「マスコミ就職フォーラム2010」が9月23日、東京・飯田橋の東京しごとセンターで開かれます。
 ことしで5回目ぐらいでしょうか。新聞や出版、広告を将来の仕事の候補に考えている学生の皆さんに、それぞれの仕事を現役の労働組合員がビビッドに語り、職業選択の判断に役立ててもらおうという試みで、わたしも新聞労連委員長のときには運営に参加しました。「こうすれば内定が得られる」というハウツー伝授ではありませんが、企業主催の会社説明会とは違って、実際に現場で働いている組合員が、産業や仕事のいいところも悪いところも話しますので、参考になると思います。
 詳細は「『マスコミ就職フォーラム2010』実施要項」へ。有料です。

 *写真は2005年11月のフォーラムのもようですd0140015_1533675.jpg
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by news-worker2 | 2008-08-04 01:55 | 新聞・マスメディア
 既に1週間が経ってしまいましたが、毎日新聞社の英文サイト「毎日デイリーニューズ」上のコラム「WaiWai」に不適切な記事が掲載されていた問題で、毎日新聞社が20日付朝刊と自社サイト上に内部調査結果と第3者委員会「『開かれた新聞』委員会」の委員4氏の意見を掲載しました(全文は毎日新聞のサイトで読めます)。この問題は以前のエントリ(「趣の異なる新聞不祥事~英文毎日の不適切コラム問題」)でも取り上げましたが、今回の検証については、総じて毎日新聞は真摯に取り組んだとの印象をわたしは持っています。その上で、不適切な記事を書いていた当該の外国人記者の毎日社内での立場と処遇について、「組織と個人の関係」や「働き方、働かされ方」の問題につながってくる大きな問題をはらんでいると考えています。わたしが感じていることを書いてみます。

続きます
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by news-worker2 | 2008-07-28 01:09 | 新聞・マスメディア
 毎日新聞社の英文サイト「毎日デイリーニューズ」上のコラム「WaiWai」に不適切な記事が掲載されていた問題で、毎日新聞社はかねて予告していた通り、20日付朝刊と自社サイト上に内部調査結果と第3者委員会「『開かれた新聞』委員会」の委員4氏の意見を掲載しました。
 紙面では1面におわびの社告、22面と23面に調査結果と第3者委員会の意見があり、相当な記事量です。全文は毎日新聞のサイトで読めます。総じて、真摯に検証と再発防止策の策定に取り組んだとの印象をわたしは持っています。その上で、いくつか感じていることがあるのですが、整理した上で後日、書いてみたいと思います。
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by news-worker2 | 2008-07-22 01:10 | 新聞・マスメディア
 以前のエントリ「趣の異なる新聞不祥事~英文毎日の不適切コラム問題」で取り上げた英文毎日のコラム「WaiWai」問題で、毎日新聞社が7月中旬に社内調査結果を公表することを7日付の紙面とサイトで明らかにしました。第三者機関「『開かれた新聞』委員会」の見解も公表するようです。
 毎日新聞のサイト「毎日JP」のバナーがしばらく前から自社ものだけになっています。英文毎日の問題が広告に影響しているのだとすれば、マスメディアのネット展開の上からも、大きな出来事と位置づけられると思います。
 この問題ではブログ「ガ島通信」の藤代裕之さんのエントリ「毎日新聞『Wai Wai』問題と私刑化する社会とネット時代の企業広報の視点」が参考になります。

*追記(2008年7月10日午前8時半)
 この問題を取り上げたネット上の記事が目につくようになってきました。

 「『毎日jp』が自社広告だらけに、ネット上に深いつめ跡残る」ITpro

 「毎日jpのビジネスモデルが事実上の破綻、低俗記事乱発で広告出稿が激減」Technobahn

 「インターネットにようこそ。」ひろゆき@オープンSNS
  
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by news-worker2 | 2008-07-08 08:46 | 新聞・マスメディア
 毎日新聞社が27日、英文サイト「毎日デイリーニューズ」のコラム「WaiWai」に不適切な記事を掲載していたとして、担当記者らの処分を決めました。毎日.jpの告知記事を引用します。

 毎日新聞社:「WaiWai」問題で処分
 毎日新聞社は27日、英文サイト「毎日デイリーニューズ」上のコラム「WaiWai」に不適切な記事が掲載された問題で、コラムを担当していた英文毎日編集部記者を懲戒休職3カ月にした。また、監督責任を問い高橋弘司英文毎日編集部長を役職停止2カ月、当時のデジタルメディア局次長の磯野彰彦デジタルメディア局長を役職停止1カ月の懲戒処分とした。このほか、当時のデジタルメディア局長の長谷川篤取締役デジタルメディア担当が役員報酬の20%(1カ月)、当時の常務デジタルメディア担当の朝比奈豊社長が役員報酬10%(1カ月)を返上する処分とした。
 本社は、担当記者が国内の雑誌に掲載された風俗記事を英文サイトに引用する際、不適切な描写のまま英文に翻訳した結果、多くの読者に不快感を与え、インターネット上で批判を受けるなど信頼を損なったと判断した。上司については、記事のチェックを怠るなどの監督責任を問うた。WaiWaiは今月21日に閉鎖している。

 問題の経緯は、毎日新聞の告知記事では以下のようになっています。引用が多くなることは承知していますが、報道記事ではなく毎日新聞の見解ですし、正確性を期すためにそのまま引用します。

 「WaiWai」コラムの前身は1989年10月、紙の新聞の「毎日デイリーニューズ」上で連載を開始した。その後、紙の新聞の休刊に伴い、2001年4月19日からはウェブサイト上の「WaiWai」として再スタートした。
 英文毎日編集部に籍を置く日本在住の外国人記者と外部のライターが執筆し、日本国内で発行されている雑誌の記事の一部を引用しながら、社会や風俗の一端を英語で紹介した。どのような記事を選択するかは主に外国人記者が行った。
 5月下旬、過去の掲載記事について「内容が低俗すぎる」「日本人が海外で誤解される」などの指摘・批判が寄せられ、調査した結果、不適切な記事が判明し、削除した。それ以外の記事についてもアクセスできない措置を取り、チェックを続けていた。
 6月中旬、削除した記事がネット上で紹介され、改めて批判・抗議が寄せられた。
 さらに調べた結果、元記事にはない内容を記者が加えていたケースも1件確認された。品性を欠く情報発信となったことを反省し、全面的に閉鎖することにした。
 その後、今回の問題についての経緯とおわびを日本語と英語でウェブサイトに掲載。25日付朝刊本紙にもおわびを載せた。
 社内調査に対し、記者は「風俗の一端と考え、雑誌記事を引用し紹介したが、引用する記事の選択が不適切だった。申し訳なかった」と話している。同コラムの執筆を記者に委ね、編集部内での原稿のチェックが不十分で、編集部に対する上司の監督にも不備があった。


 さらに毎日新聞社は、今回の措置が妥当だったか、社外の有識者でつくる第三者委員会に見解を求めることも明らかにしています。いずれ第三者委員会の見解も紙面で明らかにされることと思います。
 今回の問題では、ネット上にまとめサイト「毎日新聞の英語版サイトがひどすぎる まとめ@wiki」などもあります。わたし自身は、6月20日にネット上のニュースサイト「JCASTニュース」が取り上げたことで知りました。実際にどんな記事がアップされていたのかを正確に知っているわけではないので、コラムの記事掲載の是非そのものに対する考えの表明は、ここでは差し控えたいと思います。毎日新聞社がコラムの閉鎖、担当者や上司の処分に踏み切るには、JCASTニュースの記事掲載が大きな契機になったのは間違いがないようですが、その間の経過、とりわけ毎日新聞社内の状況をうかがい知るにはあまりに情報が少ないので、毎日新聞社の判断の是非自体についても意見の表明は控えたいと思います。
 その上で、ということになりますが、わたしは今回の1件は、ネットと既存マスメディア(この場合は大手新聞社ということになると思いますが)の関係を考える上で後世にも記録される出来事の1つではないかと考えています。
 これまでも新聞社が取材・編集上の不祥事に対して、懲戒の内部処分を行うことはありましたが、大半は故意に記事や取材情報がねつ造されていたか、他者の記事を盗用していたケースでした。また、こうしたケースでは名誉を傷つけられたり、著作権を侵害される直接の被害者の個人や団体が存在することが多く、不祥事の発覚もそうした当事者からの通報が端緒になっていました。報道内容に明白な誤りがあり、関係当事者に謝罪や賠償が行われるケースでも、取材・報道の過程に故意や重大な過失がない限りは、懲戒処分にまでは至らないケースが多かったと思います。
 あらためて英文毎日サイトの今回の1件をみると、毎日新聞社は「担当記者が国内の雑誌に掲載された風俗記事を英文サイトに引用する際、不適切な描写のまま英文に翻訳した結果、多くの読者に不快感を与え、インターネット上で批判を受けるなど信頼を損なったと判断した」と説明しています。故意のねつ造や盗用ではなく、また事実関係の誤りがあったわけでもなく(経緯の報告では「元記事にはない内容を記者が加えていたケースも1件確認された」ともありますので、この点は毎日新聞社の最終的な調査結果を待ちたいと思いますが)、特定の個人、団体が具体的な被害を受けたわけでもないと、少なくとも毎日新聞社は現時点でそう判断していると読み取れます。強いて言えば、当該コラムの被害者は特定個人や団体ではなく不特定多数のネットユーザーであり、被害も個々の名誉棄損や著作権侵害ではなく不特定多数のネットユーザーの不快感ということになるのでしょうか。わたしは、今までの新聞社の不祥事と比べて、当の新聞社が不祥事と認定するに至った経緯も理由も、今までの不祥事とは相当に趣の異なるケースだと受け止めています。
 この1件をネットと既存マスメディアの関係でどう意味づければいいのか、わたし自身はまだ考えが整理できていませんが、キーワードの1つは「信頼」になるのではないかと思います。情報の信頼性を身上としてきた新聞社がネット展開していく際に何よりも重んじなければならず、かつまた事業としてもネット展開に展望を持てるかどうかを左右するのはやはり「信頼」なのだと思います。
 そもそも新聞本紙だったら週刊誌の風俗記事からの引用記事が掲載されることがあるだろうか、ということも考えています。新聞社の日本語サイトのコンテンツの中心は、本紙向けに取材し書かれた記事です。今回の1件が、紙としては発行を取りやめた英文サイトのコラムだったから起こってしまったことなのかどうか。いずれにせよ、毎日新聞社の第三者委員会の見解が明らかにされるのを待って、わたしも考えをまとめてみたいと思います。
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by news-worker2 | 2008-06-30 01:11 | 新聞・マスメディア
 NHKが2001年1月に放送した「ETV2001 問われる戦時性暴力」が放送直前に改変された問題で、番組の取材に協力した「『戦争と女性への暴力』日本ネットワーク」(バウネット・ジャパン)が、当初受けた説明とは異なる内容で放送されたとして、NHKと制作会社2社に損害賠償を求めた訴訟で、最高裁第1小法廷が6月12日、原告の請求を棄却するNHK側の逆転勝訴判決を言い渡しました(判例検索システム)。
 争点は、取材を受けた側が、番組内容に抱いた期待が「期待権」として法律上の保護対象になるかどうかでした。また、この番組をめぐっては、改変に際してNHK幹部に当時の安倍晋三官房副長官(後の首相)らから圧力が加えられたと朝日新聞が報じた経緯もあり、その点も争点焦点になっていました。
 結果から言えば、最高裁は取材を受ける側の「期待権」は原則として法的な保護の対象にはならないとの判断を示しました。二点目も、安倍氏がNHK幹部に「従軍慰安婦問題について持論を展開した上、NHKがとりわけ求められている公正中立の立場で報道すべきではないかと指摘した」ことは認定しながらも、それがNHK幹部らにどう受け止められたかなどの判断は示しませんでした。
 「報道の自由」に直結するテーマが争点になっていたことから、13日付の新聞各紙朝刊もこの判決を大きく報じました。朝日、毎日、読売、産経、東京各紙の東京都内の最終版をチェックしたところでは、おおむね「報道の自由を尊重した判断」と受け止めている点は各紙共通です。その上で、社説や解説に各紙それぞれのニュアンスの違いが表れています。見出しだけを以下に列挙します。
【朝日】
解説:「期待と信頼」限定的に解釈
社説:勝訴で背負う自立の責任
【毎日】
解説:編集の自由、最大限に尊重
社説:報道の自由に重きを置いた
【読売】
解説:編集の自由尊重 「期待権」約束ある場合に限定
社説:「期待権」を退けた妥当な判決
【産経】
解説:「報道の自由」に重き
社説:NHKと朝日は再検証を(「主張」)
【東京】
解説:「政治家の影響」言及せず
社説:政治からも自由確保を

 今回はNHKという放送法の適用を直接受けている放送マスメディアの問題で、新聞にもこの判例がただちに適用されるかどうかは検討の余地があると思いますが、そのことはさておくとするなら、わたしはマスメディアの「編集権」「編集の自由」にどのようなイメージを持つかによって、今回の最高裁判決の意味は立場によって、人それぞれによって変わってくるのではないかと考えています。
 「編集権」の帰属主体を、自己完結した存在としてのマスメディアに求めるならば、最高裁判決はまさにマスメディアの「報道の自由」を取材相手との関係で最大限尊重したものとして、高く評価することができるでしょう。一方で、ではマスメディアの中で「編集権」はどこに帰属するのか、と考えると、別の論点が浮上すると思います。
 NHKなど放送局も加盟している日本新聞協会には、1948年3月に出された「編集権声明」があります。この声明ではまず「新聞の自由は憲法により保障された権利であり、法律により禁じられている場合を除き一切の問題に関し公正な評論、事実に即する報道を行う自由である」とし、「1 編集権の内容」に続いて、以下のようにうたわれています。

2 編集権の行使者
 編集内容に対する最終的責任は経営、編集管理者に帰せられるものであるから、編集権を行使するものは経営管理者およびその委託を受けた編集管理者に限られる。新聞企業が法人組織の場合には取締役会、理事会などが経営管理者として編集権行使の主体となる。
3 編集権の確保
 新聞の経営、編集管理者は常時編集権確保に必要な手段を講ずると共に個人たると、団体たると、外部たると、内部たるとを問わずあらゆるものに対し編集権を守る義務がある。外部からの侵害に対してはあくまでこれを拒否する。また内部においても故意に報道、評論の真実公正および公表方法の適正を害しあるいは定められた編集方針に従わぬものは何人といえども編集権を侵害したものとしてこれを排除する。編集内容を理由として印刷、配布を妨害する行為は編集権の侵害である。

 今回のNHKの問題では、安倍氏らから圧力がかかりNHK内部で番組改変が上意下達で行われたとの趣旨の告発を取材担当者が行った経緯がありました。この点について、NHKが敗訴した2審東京高裁判決では、安倍氏との面談を経てNHK幹部がその意志を忖度して改変に動いたと認定されました。おそらく「内部においても~定められた編集方針に従わぬものは何人といえども編集権を侵害したものとしてこれを排除する」との方針の下で、改変が進んだのだろうとわたしは考えています。そうした「編集権の確保」の動機が政治への忖度だとしたら、編集権は公権力の監視のために行使されたのではなかったと言わざるを得ない、と思います。しかし、最高裁はそうした政治との間合いの脈絡でNHKの内部の事情を検証し、判断を示すことは避けてしまいました。
 新聞協会の声明が明示している通り、マスメディアの「報道の自由」の根底にある「編集権」には、対外的な側面と対内的な側面との2つの論点があります。わたしは、報道の自由をめぐって今回の最高裁判決が対外的な側面から積極判断を示したことは諒としつつ、対内的な側面では判断を示さなかったことに割り切れなさを感じています。マスメディアの在り方を考えるとき、今回の判決は手放しで評価できるものではないだろうと考えています。
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by news-worker2 | 2008-06-14 02:16 | 新聞・マスメディア
 6月7日8日に起きた東京・秋葉原の無差別殺傷事件の報道がマスメディアで続いています。心が苦しくなる痛ましい事件であり、事件そのものに立ち入って論評するにはあまりに尚早だということは自覚しつつ、このブログの大きなテーマのひとつである「メディア」の観点から、現時点で考えていることをまとめてみます。
 以前にも紹介した元徳島新聞記者でブログ「ガ島通信」の藤代裕之さんが、日経ITPLUSのコラムで「秋葉原事件で融解した『野次馬』と『報道』の境界」と題した文章を書かれています。書き出しの部分を引用します。

 週末、秋葉原で起きた通り魔事件は大変痛ましいものだった。事件そのものだけでなく、犯人逮捕の瞬間を撮影したり、現場から「生中継」が行われたり、マスメディアよりも早く、詳細に、普通の人々によって事件が記録、発信されたことのインパクトも大きかった。
 ブログなどの登場によって「誰もがジャーナリスト化」したことは数年前から議論してきたが、変化の大きさや社会に与える意味は起きてみて初めてわかる。「野次馬」と「報道」の違いとは何か、マスメディアの正当性とは、メディア化した個人の倫理はどうあるべきなのか……。事件はさまざまな問題を浮き彫りにしている。

 同感です。
 事件では現場に居合わせた多くの人たちから、自らが目撃し体験した一次情報が社会に発信されました。象徴的なのは、容疑者が取り押さえられた瞬間をとらえた画像が、「提供写真」のクレジットとともに新聞のほぼ全紙の一面に掲載されたことでしょう。フィルムカメラの時代でも、事件や事故の現場に居合わせた人が撮っていた写真が紙面に掲載されることはありました。しかしカメラ付きの携帯電話が普及し、一枚の写真が赤外線転送でその場で次々に複製すらされる、あるいはメールに添付されて広がっていく、ブログでネット空間に発信されていく今日の状況は、その状況自体がある種の「メディア」になっていると思います。
 文字情報も同じに思えます。藤代さんが紹介しているブログのいくつかは、わたしもソーシャルブックマークなどを通じて読んでいました。ブログ「筆不精者の雑彙」の「秋葉原通り魔事件 現場に居合わせた者の主観的記録」には、たまたま友人とともに事件に遭遇した一部始終が、現場の略図とともに報告されています。その文面を目で追いながら、ふとその行為自体「これは新聞記者が目撃者を探して話を聞く取材の行為そのものだ」と思い至りました。
 既存マスメディアの事件事故報道は、当事者や目撃者に一人でも多く取材し、その証言を組み合わせて「何が起きたのか」を再現してきました。今もその取材・報道スタイルは変わりません。しかし今回の事件では、ネットとデジタル技術の普及によって、現場の再現はもはやマスメディアの組織取材のものだけではないことが明白になりました。そういう状況の中で、マスメディアがマスメディアであることの意味、負うべき責任(それは「表現の自由」と「知る権利」にかかわるものですが)とは何なのかが、わたしも含めてマスメディアの内部で働く一人一人に問われていると思います。その答えはわたし自身、必ずしも明確ではないのですが、ただ、ひとりの「個人」として相当な覚悟が必要だろうということだけは、おぼろげながら感じています。

 このブログのもう一つのテーマに掲げている「労働」との関係でも、この事件に多々思うところがあります。いずれ書いていきたいと思います。

 何回か書いてきた「青少年が安全に安心してインターネットを利用できる環境の整備等に関する法律案」ですが、今週中にも参院で可決成立と伝えられる中で、毎日新聞が10日付朝刊のメディア欄ほぼ一面を使って、「有害情報」規制に行政の介入を許しかねない状況に焦点を当てた特集記事を掲載しています。記者の署名入りのリポート、大型談話として全国高等学校PTA連合会会長の高橋正夫さん(見出しは「被害防ぐ教育が重要」)と慶応大教授の中村伊知哉さん(同「過剰反応を招くおそれ」)、有害情報を「例示」した部分の法律案の抜粋の構成です。
 秋葉原の事件でも、容疑者が頻繁に携帯電話の掲示板に書き込みをしていたことが大きく報じられています。ネット規制の動きが再び加速することが予想されます。

*追記(2008年6月11日午前8時40分)
 ドキュメンタリー作家の森達也さんは作家森巣博さんとの対談「ご臨終メディア」(2005年、集英社新書)のエピローグの中で、こう語っています。ほんの一部を引用します。

 メディアという仕事は、ほとんどが人の不幸をあげつらうことで成り立っている。不幸でなくても、聞かれたくないようなことまで取材しなければならない場合もあるし、取材方法だって家族には見られたくないようなことばかりしています。そしてその結果、常に誰かを傷つけることで成立しているんです。そのことに対する後ろめたさを持ったほうがいい。それだけは、絶対なくすべきではないと思っている。卑しい仕事なんです。その視点から、もう一度、メディアというこの重要なジャンルと、向き合うべきと思っています。

 この本を読んだ当時わたしは新聞労連の専従役員で、マスメディアの取材・報道の現場からは離れている時期でしたが、「後ろめたさ」「卑しい仕事」という言葉に、はっと胸を衝かれる思いがしました。
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by news-worker2 | 2008-06-11 00:38 | 新聞・マスメディア