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 青少年の健全育成を大義名分にしたインターネット規制の法制化の動きに対して、日本新聞協会メディア開発委員会が29日、意見をまとめ、関係国会議員に提出しました。
 日本新聞協会トップ
 「青少年のインターネット利用制限の動き」に関する日本新聞協会メディア開発委員会の意見

 意見の一部を引用して紹介します。
 情報が有害かどうかの判断は、主観的な要素も多く、時代や文化、社会環境によっても異なる。情報の内容を規制あるいは定義する法律は公権力の介入を招きかねず、憲法21条の保障する表現の自由に反する恐れがある。直接と間接を問わず、国がコンテンツの内容にかかわる問題に関与するべきではない。
 青少年のためにインターネット上のコンテンツについて何らかの規制が必要だとしても、果たして法規制が適切な手段なのか疑問である。いったん有害情報が定義されてしまえば、流通・閲覧の制限にとどまらず、表現内容の規制に拡大しかねない。表現にかかわる公的な規制が萎縮効果をもたらし、ネット以外のメディアにも同様の規制が広がることも危惧する。青少年を有害情報から守るための実効性のある手段については民間による自主規制を尊重すべきである。

 論旨は明快と言っていいと思いますし、わたし自身の問題意識とも多くの共通点があります。新聞協会がこのような意見を表明したこと自体は、とても意義深いことだと思います。
 さて、この意見表明を当の新聞が紙面でどう扱ったか、です。けさ(30日)の在京大手紙各紙の朝刊紙面(東京本社最終版)をチェックしたところでは、毎日、読売、産経、東京の各紙は第2社会面ないしは第3社会面でいずれも1段見出し(ベタ)の雑報扱い、朝日、日経の両紙には記事が見当たりませんでした。朝日のサイトには今夜(30日)、記事がアップされていたので、31日付の朝刊に掲載されるのかもしれません。
 この各紙の控え目の扱い、あるいは消極姿勢(掲載なし)は、もしかしたら自らの業界団体の主張だから大きく掲載するには気が引ける、というある種の奥ゆかしさの表れなのかもしれません。しかし、どうもわたしにはそうは思えません。やはり新聞にとって(とりわけ「紙」の担当者にとっては)、ネット規制論議への当事者意識は薄いのだと思います。このことは、かつての個人情報保護法や人権擁護法案に、新聞を含めた直接的な報道規制の条項が盛り込まれた際に、新聞各紙が紙面で繰り広げたキャンペーンを想起すれば分かりやすいと思います。あるいは、新聞の販売面でここ10年以上くすぶり続けている再販見直し問題で、公取委がアクションを起こすたびに新聞各紙が連日、紙面で大きく反論を掲載していたことを思い起こしても明らかだと思います。やはり「新聞は、有害情報があふれているネットとは違う」 との考え方が根強いのではないかと思えてなりません。
 「表現の自由」に照らして大きな問題であることを考えるならば、新聞はネット規制をジャーナリズムの問題としてとらえ、多面的に継続的な報道をしなければならないと考えています。
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by news-worker2 | 2008-05-31 01:43 | 表現の自由
 お知らせです。
 以前のエントリで紹介したシンポ「憲法25条・生存権とメディア」のやり取りの詳報がサイト「憲法メディアフォーラム」にアップされました。トップページからPDFファイルでダウンロードできます。31枚分と大部ですが、ぜひ一読ください。

 サイト「憲法メディアフォーラム」トップ
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by news-worker2 | 2008-05-30 00:17 | 憲法
 政府の教育再生懇談会が26日、第一次報告を福田首相に提出しました。共同通信の記事を一部引用します。

 政府の教育再生懇談会(座長・安西祐一郎慶応義塾長)は26日夕、官邸で会合を開き、小中学生の携帯電話使用を制限し有害情報から子どもを守ることなどを柱とする第1次報告をまとめ、福田康夫首相に提出した。(中略)報告は、出会い系サイトを舞台にした犯罪の続発を踏まえ「必要のない限り小中学生が携帯電話を持たないよう保護者、学校関係者が協力する」ことを要請。小中学生が携帯電話を持つ場合には、通話や位置確認できる衛星利用測位システム(GPS)機能に限定し、メールを使わせない対策を推進するとした。

 首相官邸のサイトに教育再生懇談会のページがあり、26日の報告の資料もPDFファイルでダウンロードできます。
 原資料を見て、あらためて驚きました。小中学生の携帯電話に関するくだりは、いちばん最初に出てくるのですが、こんな文章が並んでいます。

 小中学生に対して、携帯電話を利用するに当たっての使用目的、使用機能、使用方法、使用場所等に関する利用方法の教育を、保護者、家庭、学校、地域、PTA、教育委員会、地方公共団体、携帯電話事業者及び関係業界、経済界、行政等の関係者を含め、社会総がかりで協力して推進する。これにより、必要のない限り小中学生が携帯電話を持つことがないよう、保護者、学校はじめ関係者が協力する。

 「小中学生に対して~利用方法の教育を~推進する」と言いながら、「これにより」として、掲げる目的は「必要のない限り小中学生が携帯電話を持つことがないよう、保護者、学校はじめ関係者が協力する」。「利用方法の教育を推進し、持たせないようにする」とは、文章を仕事にしている者から見れば、意味不明の日本語です。
 こんな文章も並んでいます。

 保護者、家庭、学校、地域、PTA、教育委員会、地方公共団体、携帯電話事業者及び関係業界、経済界、行政等が協力して、子供の携帯電話利用により生ずる犯罪やいじめの実態等の、教育委員会単位、学校単位等での具体的な広報を推進する。また、携帯電話の普及に伴い、駅等の公衆電話が減少しているが、社会的機能の重要性に鑑み、電話会社は一定数を確保するよう努める。

 ただひたすら「携帯電話は怖い、恐ろしい」と広めよ、というふうに読めます。これでは子どもはおろか、保護者や大人のネットリテラシーすらあやしくなるのではないでしょうか。
 「保護者、家庭、学校、地域、PTA、教育委員会、地方公共団体、携帯電話事業者及び関係業界、経済界、行政等」というのも、「国家統制」そのものに思えてしまいます。
 懇談会の10人のメンバーの間で、どのような議論が交わされたのかつまびらかではありませんが、「小中学生に携帯電話を持たせるな」は、懇談会に出席した福田首相の強い意向ということも報道されています。意味不明の日本語が並んだ報告書は、そのこと自体、懇談会メンバーの中には異論があったことを反映しているのかもしれません。詳細な議事録の公表を待ちたいと思います。
 ちなみに、報道で紹介されている懇談会の報告は、PDF原資料の中の「ポイント」をもとにしたものが多いようです。日本語としての意味不明さは、全文を読まなければ分かりません。こんなことでも(「メディア」に対する、ですが)リテラシーを考えるきっかけになるのではないでしょうか。

 以前のエントリ(「ネットの法規制論議と表現の自由」「マスメディア自身にも『自主的取り組み』は課題」)でも書きましたが、わたしは「青少年の健全育成」「子どもの保護」や「有害情報の排除」を大義名分にしたネット規制の動きには、大きく2つの疑問を感じています。
 一つはマスメディアで働く一員としての危惧ですが、「有害情報」の線引きが事実上、国家権力の裁量次第になりかねないことです。恣意的な運用を許すようなことになれば、「表現の自由」「知る権利」の圧迫にほかなりません。通信と放送の一元規制が現実味を帯びている現在、ことはネットだけの問題ではなく、既存のマスメディアも影響を免れえないととらえています。
 二つ目は社会の一員、生活者の一人として感じることですが、子どものネットリテラシーをどう高めるかの議論より先に、「ネットに触れさせるな」となってしまっては、ますます子どもたちにリテラシーを身につけさせることが難しくなることです。段階を踏んでリテラシーを学んでいくことが大切であり、そのためには大人もネットリテラシーを身につけることが必要だと思います。

 時々のぞいているサイト「bogusne.ws」にこんな記事がありました。
 「小中学生にはことば教えない」有害情報対策で教育再生懇提言
 笑いごとでは済まない社会になりつつあると思います。

*追記(2008年5月28日午前1時35分)
 元徳島新聞記者の藤代裕之さんがブログ「ガ島通信」のエントリでわたしのエントリを紹介してくれました。その中でも触れられていますが、ネット規制に反対している高等学校PTA連合会の高橋正夫会長に藤代さんがインタビューした記事は、とても参考になります。一読をお勧めします。
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by news-worker2 | 2008-05-28 01:13 | 表現の自由
 近況です。4月から毎週土曜日の午前、明治学院大学社会学部で、非常勤講師として新聞ジャーナリズムをテーマに講義をしています。きのう(24日)で6回が終わりました。
 講義では、新聞と「表現の自由」「知る権利」について、大きく3つの側面から取り上げる予定です。一つは自衛隊や在日米軍、イラク戦争など軍事報道、2つ目は個人情報保護法や人権保護法案などに代表される表現規制の立法化の動き、3つ目はインターネットなど他メディア社会の中での新聞ジャーナリズムです。
 きのうで「軍事報道と表現の自由」については区切りをつけました。ちょうど講義が始まるころ、名古屋高裁の自衛隊イラク派遣の違憲判断が示されたりして、実際の各紙の新聞紙面を手にしながら、自衛隊と軍隊とを問わず、軍事組織が必然的に帯びる秘密主義が、「表現の自由」や「知る権利」と直接、ぶつかっている現状を具体的に話しました。
 きのうは、中国潜水艦の火災事故を報じた読売新聞の情報源の幹部自衛官が、自衛隊法違反容疑でことし3月に書類送検された事件を取り上げました。この事件の特徴の一つは、情報を漏えいした自衛官だけが立件され、読売新聞の側は直接、捜査対象にならなかったことです。そのことをもって政府は「『報道の自由』や『知る権利』の侵害には当たらない」と強弁しましたが、問題は多々あります。こんな立件で有罪になるようなら、そしてこんなやり方が続くようなら、いかに公共性の高い情報であっても、だれも守秘義務に背いてまで記者やジャーナリストに伝えようとはしなくなるでしょう。そのことは軍事問題に限らず、内部告発を許さない社会へと進む危惧があります。その行く末に待っているのは、かつての大本営発表報道ということになりかねません。
 また、現憲法は軍事裁判所の設置を認めていませんが、仮に改憲で自衛隊の軍隊化とともに軍事裁判所が設置されれば、公共性いかんはまったく考慮されないまま形式的に「秘密の漏えい」の有無だけが審理される場となる可能性が高いと、わたしは考えています。そうなれば記者の側も無事ではすまなくなる恐れがあります。実際に、自民党が結党50年の2005年に策定した「新憲法草案」には、自衛隊を自衛軍に改変する事とともに、軍事裁判所を設置することが明記されています(ちなみに今回、講義に備えて自民党のサイトで以前はアップされていた草案を捜したのですが、見つかりませんでした。世論の改憲論議が冷めている中で、興味深い対応だと思います)。
 読売の中国潜水艦報道事件は現在進行形でもあり、検察庁が訴追するのか否かは、新聞のジャーナリズムに大きな影響があります。この事件について当の新聞は、ただ検察庁の動向を追う「落とし所報道」に終わることなく、社会的な議論の高まりに貢献すべく、多面、多角的な情報と意見を社会に提供し続ける責任を負っているはずだと考えています。

 さて、講義は次回からは表現規制に移りますが、やはり慣れないこととはいえ、消化不良の感は自分で否めません。当初は、昨年の共産党の内部資料公表で明らかになった陸自情報保全隊のイラク派遣をめぐる市民運動や取材活動に対する監視活動や、国民保護法の指定公共機関への放送メディア取り込みなどにも触れたかったのですが、時間が足りなくなってしまいました。
 非常勤講師の話を紹介してくれたのは新聞記者の仕事を退職後、大学教員に転じた方ですが、「わたしの体験から言っても『教えるは学ぶに通ず』だから。ぜひやってみてはどうか」と勧められました。「なるほど『教えるは学ぶに通ず』だな」と実感しています。自分では分かっているつもりでも、いざ、学生に話す、人に伝えるとなると、そうそう思った通りにはいきません。自分自身があらためて「学ぶ」つもりで、ポイントを押さえて要点をまとめておくことが重要だと痛感しています。次回以降は、きちんとしたレジュメを用意し、講義の進行管理を試みようと考えています。
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by news-worker2 | 2008-05-26 00:29 | 非常勤講師
 この数日、日本マクドナルドがいわゆる「名ばかり管理職」を見直し、店長にも残業代を支給すると発表したり(20日)、トヨタ自動車が「QCサークル」活動に残業代を支払うことを決めたと報じられたり(22日)と、正社員労働者の働き方、働かされ方をめぐる報道が相次いでいます。企業の労務管理のコンプライアンスをめぐる動きとしてわたしも注目していますが、例えば朝日新聞がマクドナルドについて「ただ、店長手当は打ち切り、支払う給与の総額は増やさないといい、待遇改善の効果は薄いとみられる」と書いているように、形を変えて賃金抑制や長時間労働が続くのではないかとの懸念も指摘されています。
 マクドナルドについての朝日新聞21日付朝刊記事を一部引用します。
 ハンバーガーチェーンの日本マクドナルドは20日、直営店の店長約2千人に、8月から残業代を支払うと発表した。権限が大きくないのに残業代が支払われない「名ばかり管理職」だと指摘されていたためだ。ただ、店長手当は打ち切り、支払う給与の総額は増やさないといい、待遇改善の効果は薄いとみられる。
 残業代を払うようにするのは、直営店の店長のほか、複数の拠点を管理する「エリア営業管理職」数百人。社内では管理職との位置づけは変えないが、法的には「経営者と一体的な立場」とされる「管理監督者」ではなくなる。上に立つ管理監督者は、「ディレクター・オブ・セールス(販売部長)」が務める。
 店長には、これまで基本給、成果給に加え、店長手当などの「職務給」があった。今回の制度変更で職務給がなくなり、代わりに残業代にあたる「時間外労務手当」を払う。残業代の支払い総額の見込みは示さなかったが、店長らへの給与の支払い総額は、いまと変わらないという。

d0140015_2393135.jpg 雇用の規制緩和で有期雇用や契約社員、派遣社員、パートなど細切れで不安定な働き方を強いられている非正規雇用が労働者の3分の1を占め、偽装請負などの違法な雇用やワーキングプアが社会問題になっている一方で、正社員という働き方、働かされ方も過酷になってきていると感じざるをえません。雇用や労働の現状を社会の問題としてどういうふうにとらえ理解し、今後のあるべき方向をどうやって探っていけばいいのか。その一助になるのが、弁護士の中野麻美さんの「労働ダンピング―雇用の多様化の果てに」(岩波新書)です。

(続きます)
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by news-worker2 | 2008-05-23 01:10 | 読書
 前回のエントリーで取り上げたインターネットの表現規制について、弁護士の田島正広さんが自身のブログで自民党青少年特別委員会(高市早苗委員長)を中心とする規制法案への論評を書かれています。法曹実務家の視点で、とりわけ憲法21条の「表現の自由」「知る権利」との関係の論点がすっきりと解説されていて、わたしの頭の中を整理するのにとても参考になりました。一部を引用して紹介します。
 「Leagal topics~弁護士田島正広のブログ~」
ネット上の青少年有害情報の閲覧規制(1)
民間事業者の自主的な努力の現状を尊重しないこのような法規制については,(1)表現の自由に関する法規制として要求される必要最小限度性を超えるものとして,違憲の疑いが残るものと考えております。また,法案化に当たっては,(2)法律レベルで規制対象が十分明確になるよう慎重に配慮する必要があり,さらに,(3)行政による人権制限に当たっての手続的保障についても,適正手続の保障の観点から工夫されなくてはなりませんが,この点でも,合憲性の点で憂慮するところが残ります。
 のみならず,このような規制が,どれだけの実効性を持ちうるか(例,青少年と成人との分別をいかに行うか,海外からの輸入PCへの規制等),あるいは本件規制を実現するためにもっと大きな法益を損なうことにはなりはしないか(成人には有害ではないコンテンツが削除されてしまうことによる成人の知る権利の制限,事業者の負担増に伴う国際競争力の阻害等)についても疑問を持っています。

ネット上の青少年有害情報の閲覧規制(2)
親には子どもに対する教育の自由があり,子どもの健全育成にかなう範囲で広範な裁量権が認められるほか,その所有する携帯電話やコンピュータについて管理権が存しますので,その購入,子どもへの付与から利用方法の指定に至るまで親の裁量に服することになるでしょう。同様に学校においても,教育上並びに施設管理権の観点からの広範な裁量権が認められることになります。
 そこで,子どもの現時点の意思に反してでも,親や学校がこれらの裁量を行使して子どもの発育程度に応じた知る権利の制限を行うことが,子ども自身の健全育成のために許される場合があるものと考えられます。フィルタリングはまさにそのための手段と位置づけられることになります。憲法論的には,人権制約の根拠である「公共の福祉」(憲法13条)の一内実として,いわゆるパターナリスティックな制約という類型が考えられていますが,その範疇に含められることと思料します。

ネット上の青少年有害情報の閲覧規制(3)
ところで,子どもというだけで広範なフィルタリングの全てが直ちに是認されるわけではありません。あくまで子どもの健全育成の観点からの制約となりますので,不当に広範な制約を行うことが適切とは言いがたいことになります。同時に技術的限界の問題はあるものの,子どもの年齢や発育の程度に応じてその限界線は可変的であるべきと言えます。ここでは,知る権利に対する制約という憲法上重い制約であることに照らして,フィルタリングによって廃除される表現はどのようなものであるべきか(=実体要件),フィルタリングの内容・程度をどのような手続に基づき決定・実施しているか(=手続要件)の両方が,問われることになります。

ネット上の青少年有害情報閲覧規制(4)
青少年有害情報に対するフィルタリングを立法で義務化する部分については,それ自体は成人の知る権利には影響しませんが,子どもの知る権利に対する制約として,程度の差こそあれ表現の自由に関する制約である点には変わりはありません。したがって,青少年有害情報の定義を十分明確化した上で,子どもの発育程度に応じた適切なフィルタリングを実施することが必要でしょう。制限の対象となるかどうかが不明確であれば,自ずから萎縮的効果を伴う虞があります。立法案としては,法律において概ね定義をした上で,詳細は第三者機関の判断に委ねる趣旨のようです。(中略)
 下位機関への委任は本来国会が唯一の立法機関であることに照らして,民主制を空洞化させかねない要素があるものです。しかも本件は表現の自由への制限となるものであり,民主政の成立基盤とは無関係とはいえないものです。したがって,下位機関への委任は,それがどのような人選に基づくか,どのような手続で基準が定立されるのかも含めて,慎重に検討されるべきことと思料しております。


 自民党の論議が最終的にどう決着するか、わたしにはよく分からないところもあるので、規制の法案自体への論評は控えますが、田島さんが指摘している通り、「知る権利」との関係で、法による規制には「実体要件」「手続要件」の双方を満たしているかが重要だと思います。そしてその双方とも、現在の法規制論では不十分だと思います。
 また、そもそも論というか、法による規制の大前提として「もはや法で規制しなければ青少年を守れない」という状況なのかどうかが最大の問題でもあるでしょう。この点でいえば、関係業界による自主的な取り組みが既に始まっており、まずはその推移を見極めるべきであり、法による規制は、仮に百歩譲るとしても時期尚早だとわたしは考えています。

(続きます)
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by news-worker2 | 2008-05-18 13:06 | 表現の自由
 12日付けの産経新聞朝刊(わたしが居住している東京地区では産経新聞は朝刊単独の発行です)に「有害サイト対策 与党内で対立」「『法規制』か『自主規制』か」という見出しの特集記事が掲載されました。リード部分を引用します。

 インターネットの出会い系や硫化水素自殺を助長する自殺系といわれる有害情報・サイトの規制をどうすべきかをめぐって、与党内で「法規制派」と「自主規制派」が対立している。民主党は業界に努力義務を課すが基本的には自主規制に任せる案を検討中だ。言論の自由にもかかわる問題だけに、論争は長期化しそうだ。

 記事をごく大雑把に要約すれば、現状は①自民党では高市早苗前少子化担当相を委員長とする党青少年特別委員会が、有害情報の削除を義務化し罰金や懲役も設けた法規制の議員立法に積極的②党総務会は高市氏の案に「事前検閲になりかねず表現の自由を阻害する」と反発し、プロジェクトチームを立ち上げて近く意見をまとめる③民主党のプロジェクトチームは、有害情報の規制は業界団体の自主規制や努力によって行うべきだとする中間報告をまとめた④当事者の電気・情報通信業界は法規制に反発を強め、自主的な取り組みに動き始めた―となります。特集記事に付けられた堀部政男一橋大名誉教授のコメントは「国が法で規制するよりも、民間の取り組みが発展するように、サポートする仕組みをつくることの方が重要ではないか」と締めくくっています。
 「有害情報」を理由としたインターネットに対する法規制の動きに対しては、ネット界ではしばらく前から話題になり、危惧する声が高まっています。マスメディアで働くわたし自身は、法規制の動き自体もさることながら、この問題は新聞や放送など既存マスメディアにとっても表現の自由の観点から軽視できない問題のはずなのに、決してマスメディア全体の関心が深まっているようには見えない、そのことの方がむしろ問題だと感じていました。一方で、4月15日に文部科学省が公表したいわゆる「学校裏サイト」の調査結果や、最近では4月30日に警察庁が硫化水素自殺対策として「硫化水素ガスの製造を誘因」するネット上の情報に対して、有害情報として削除を要請するよう通達を出したことなどは、各メディアとも大きく報じています。このままでは、既存マスメディアの報道は「ネット=有害情報が氾濫」とのマイナスイメージだけが肥大化していきかねないことを危惧しています。そうした報道が世論に対し、ネットに対する法規制のハードルを下げる方向に作用し、結果として法規制を許すことにでもなれば、表現の自由の観点からは、既存マスメディアが自分の首を絞めることにつながるでしょう。

(続きます)
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by news-worker2 | 2008-05-13 02:15 | 表現の自由
d0140015_0175618.jpg 弁護士の日隅一雄さんから新著の「マスコミはなぜ『マスゴミ』と呼ばれるのか」を送っていただきました。日隅さん、ありがとうございました。
 何よりも、新聞と放送の2大マスメディアで働く第一線の記者にぜひ読んでほしい1冊です。本書は「権力に縛られたメディアのシステムを俯瞰する」との副題の通り、日本の新聞ジャーナリズムと放送ジャーナリズムが実は「新聞社」や「放送局」の会社ジャーナリズムであること、「新聞社」と「放送局」の在り方を決めている要因が読者や視聴者ではなく、国家権力(総務省による直接の電波管理行政に代表される)とメディア企業の資本持ち合い(クロスオーナーシップ)と広告業界(1業種1社制の不採用)の〝3点セット〟であることを、具体的に指摘しています。
 新聞社の記者であれば、新聞販売が独禁法の適用除外となっている再販制度や特殊指定のことはある程度は知っているでしょう。しかし、免許制の放送行政で、戦後間もなくは独立行政委員会が存在していたことを知っている記者は、経済部や文化部の一部の記者を除けば、どれぐらいいるでしょうか。逆に、放送局の記者の中で、新聞の戸別配達(宅配)のことを正確に理解している記者はどれぐらいいるでしょうか。クロスオーナーシップにしても、新聞社と放送局の系列関係は知識としては知っていても、それが「表現の自由」や「知る権利」とどのような関係にあるか、常日頃から念頭においている記者はどれぐらいいるでしょうか。
 マスメディアが身上としている組織ジャーナリズムは、一方で個々の記者が細かく担当分野別に分かれて日々取材している状況でもあります。政治部でも経済部でも社会部でも、特定の記者クラブに所属し、専門分野で日々取材に明け暮れし(そこでは他社との熾烈な「抜いた」「抜かれた」の競争があります)ていると、自分たちが身を置いているメディア界の全体状況や足元全体を見回す余裕はなくなります。わたし自身がそうでした。ましてやマスメディアの在り方を、そこで働く者同士の間で考え、広く議論する機会はなかなかありません。本書は、「表現の自由」や「知る権利」の観点に照らして、新聞や放送の「会社ジャーナリズム」が構造的に抱えているもろさや危うさを描き出していると言ってよく、まずは記者の一人一人が身の回りの現状を理解し、問題点を把握するのに役立つと思います。
 本書はさらに、会社ジャーナリズムの内側、メディア企業の中の諸問題にも切り込んでいきます。とりわけ編集権の所在について、もっぱら経営者に帰するとした日本新聞協会の「編集権声明」に疑問を投げ掛けている指摘は、メディア企業とそこで働く記者個人の内心の自由との関係で重要な論点だと感じました(「編集権声明」は1948年(60年も前の声明です)当時の文言のまま今日に至っているようです。日本新聞協会のホームページの「取材と報道」のページで読むことができます)。労働組合の形骸化の指摘に対しては、計3年間の専従活動を経験したわたしとしては切なさと若干の異論もあるのですが、基本的には返す言葉がありません。
 続いて本書は1990年代末以降のメディア規制立法の動きを追い、2010年に法案提出とされる「通信と放送の融合」がはらむメディア規制、表現規制の危険性を指摘し、最後に現状の改善への展望を示しています。
 繰り返しになりますが、1人でも多くの第一線で働く記者たちに読んでほしい1冊です。経営者にも本書の指摘を真摯に受け止めてほしいことは、言うまでもありません。
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by news-worker2 | 2008-05-07 00:12 | 読書
 きょう(5月3日)は憲法記念日。日本国憲法は施行から61年になりました。新聞もそれぞれに憲法を取り上げています。その中で東京新聞が特報面で、「長沼ナイキ訴訟」で1973年に自衛隊を憲法9条違反とする札幌地裁判決を出した元判事で弁護士の福島重雄さんに取材した長文の記事を掲載しているのが目を引きました。
 前回のエントリーで、朝日新聞が掲載した福島元判事の寄稿に触れましたが、きょうの東京新聞の記事も読み応えがあります。航空自衛隊のイラクでの武装兵空輸活動を違憲と判断した先日の名古屋高裁判決に関心がある方は、ぜひ手にとって読むことをお勧めします。
 以下に、記事の一部を引用します。

 「そんなの関係ねえ」(田母神俊雄航空幕僚長)発言に代表される司法軽視に憤る一方、司法自身の政治追従、憲法判断回避を「怠慢、不作為」と嘆く。ナイキ判決は、憲法判断回避が続けば「違憲状態の拡大を認めたのと同じ結果を招き、違憲審査権の行使も次第に困難にし、公務員の憲法擁護の義務も空虚にする」と〝予言〟していた。判決は、裁判所は政治的な判断をせず、ただ憲法に合うか否かだけを審査するものだと強調したが、多くの裁判官はついてこなかった。
 最高裁の長官や判事は、内閣に指名、任命される。「その最高裁が下級審を操る。どうしても政府の意向に沿うような流れになります。誰だって冷や飯を食うのは嫌だし、流れに乗って所長にでもなったほうがいいと思う。そういう裁判所の体制にしちゃったのがね…。本来もっと和気あいあいとした所だったが、司法行政がそういうふうにつくってしまった」
 ナイキ判決に対する自信は今も揺るぎない。「おかしな判決を書いたとは思いません」

 福島元判事の指摘は、マスメディアの組織ジャーナリズムにもあてはまる一面があるかもしれません。
 今回に限らず東京新聞の特報面は、テーマ設定自体からも取材した記者、担当したデスクの顔が見える、という意味で、わたしは共感を抱いています。

 けさの朝刊各紙は自宅で購読している朝日新聞、東京新聞以外はネットでざっと読んだだけですが、東京の大手紙各紙の社説の中では、「憲法記念日 論議を休止してはならない」とする読売新聞と、「憲法施行61年 不法な暴力座視するな 海賊抑止の国際連携参加を」とする産経新聞の両紙を興味深く読みました。
 4月8日に読売新聞が掲載した同紙の世論調査では、改憲に「反対」が43・1%と「賛成」の42・5%を上回る結果が出ており、これを受けてきょうの社説にどのような論調を掲げるのか、興味がありましたが、意外感はなく「やはりそうきたか」と感じる内容でした。
 少し驚きを感じたのは産経新聞です。見出しにもあるように、中東での日本船籍タンカーの海賊被害を取り上げ「これでは日本は国際社会の平和と安定に寄与することはむろん、国の安全を保っていくことも難しい。憲法守って国滅ぶである」と説きました。直接的に「改憲せよ」というような表現を前面に出すことはせず、読みようによっては(うがった見方かもしれませんが)一層の解釈改憲を主張しているようにも感じました。

 きょう一日、各地で憲法をめぐるさまざまな動きがあるでしょう。表現の自由が問われた映画「靖国 YASUKUNI」の一般公開も始まります。その一日をマスメディアはそれぞれにどんな風に伝えようとするのか。きょうは祝日で大学の授業は休講ですが、仮に授業があったとしたら、わたしは学生たちとそんな話をしたいと考えています。
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by news-worker2 | 2008-05-03 10:22 | 憲法
 自衛隊のイラク派遣をめぐり、航空自衛隊の物資空輸活動に違憲判断を示した4月17日の名古屋高裁判決が5月2日午前零時をもって確定しました。「違憲」「違法(イラク復興支援特別措置法にも違反する)」との判断が確定したのに、航空自衛隊の制服トップである航空幕僚長が記者会見で「そんなの関係ねえ」と発言したことに何ら、文民である防衛大臣からも、自衛隊の最高指揮官である首相からもおとがめはなく、自衛隊の派遣部隊の活動も昨日と同じように続いていく。そのことへのわたしの個人的な意見はさておいても、現状自体は、海外から見た時には異常に見えるのではないかと思えてなりません。
 今回の訴訟は、結論が請求の却下、棄却だとしても、「今回の原告」たちの請求が認められなかった、ということであり、別の立場の原告が提訴していれば、イラクでの航空自衛隊の活動が「違憲」「違法」だという判断を前提に、派遣の差し止めをめぐって突っ込んだ判断に移ったであろうと考えることに、さほど論理の飛躍はないと思います。だから、訴えを認容するかどうか、結論を下す前提として、自衛隊の活動が合憲、適法かどうかの判断は、原告の訴えに真摯に向き合おうとするならば、名古屋高裁の裁判官たちにとっては避けては通れない判断だったのだろうとわたしは考えています。
 今回の判決に寄せられている「傍論」「蛇足判決」「不当判決」などの批判について、わたしは同意はできなくてもその発想自体は理解できなくもありません。そんな中で、5月1日の朝日新聞朝刊に掲載された元判事で弁護士の福島重雄さんの「司法は堂々と憲法判断を」と題した文章に目が釘付けになりました。詳しくは朝日新聞の紙面(ネットでは見当たらないようです)を手に取って読んでほしいのですが、ここでは訴訟の原告でもあった天木直人さんのブログの記述を引用します。

(続きます)
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by news-worker2 | 2008-05-02 00:53 | 憲法