ご訪問ありがとうございます。マスメディアの一角で働く美浦克教が「メディア」や「労働」を主なテーマに運営します。初めてお出での方はカテゴリ「管理人ごあいさつと自己紹介」をご覧ください。


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d0140015_1464464.jpg マスメディア、それも新聞産業の編集職場で働いていると、新聞記者が語るジャーナリズムは、「新聞」というマス媒体が今後も今までと同じようなマス媒体であり続けることが前提になっている、と感じます。「新聞が読まれなくなっている」こと自体は、最近では新聞社内で販売部門や広告部門だけでなく、編集部門の記者でもみな自覚しています。しかし「どういう風に読まれなくなっているか」となると、考えている人は意外と少ないのではないかと思います。新聞を手に取ってくれる人が減ってきていることは知っている。しかし「読者」と聞いて思い描くイメージは今までと変わらない「マスの人々」のまま。新聞記者の多くは、それが実状ではないか。日々、働いている中でのわたしの実感です。
 少しだけ具体的に言えば、新聞の作り手の側が考えるジャーナリズムでは「生活」とか「生活者」が大きなキーワードになっています。年金問題にしても、医師不足など医療問題にしても、あるいは米国発の金融・経済危機にしても、それをどう報道していくかというときに必ず「生活にどうかかわるか」「生活者の視線で」ということが重視されます。用語のバリエーションとしては「庶民」もこうした発想に含まれています。少し前に、新聞各紙がこぞってルポ風に取り上げた麻生首相のホテル・バー通いなどは、こうした発想がストレートに記事に反映された例と言っていいと思います。
 わたしは最近、そうした「読者=生活者=庶民=マスの人々」という新聞の作り手側の画一的とも言っていい発想に、違和感を抱くようになってきました。働き方一つを取っても、賃金労働者の3分の1以上を、派遣社員をはじめとする細切れ雇用の「非正規労働者」が占めるようになって久しいというのに、あたかも均一な「マス」が以前と同じように読者として記事を待っているかのような発想から抜け出ていないのではないか、という気がしています。ワーキングプアと呼ばれる貧困層にとって、朝夕刊セットで月々4000円近い大手紙の購読料は、それこそ「生活」防衛のためには真っ先に切り捨てられる項目でしょう。何の疑いもなく「夫婦と子ども2人の標準的な世帯の場合」といった例えが書かれている記事を、結婚したくともできない、子どもを産みたいと思っても産めない非正規雇用の若年層が読みたいと思うでしょうか。
 営業部門だけではなく編集部門の記者も、いや記者職こそ、「読者」を真剣に考えなければならないと思います。いったい、だれに読んでもらうために取材し記事を書くのか、ということです。そもそも取材にコストがかかることは、記者ならだれでも知っています。コストをかけて(何人もの記者を抱える人件費も含めて)丹念な取材ができることが新聞のジャーナリズムの特長である以上、そのコストをどうひねり出すかという問題は、一義的には経営の問題だとしても、今や「だれに何を読んでもらうのか、そしてだれから金をもらうのか」という意味で、編集のジャーナリズムも無関係ではありえません。新聞のジャーナリズムのどこがどう変わっていけばいいのか、答えはそんなに簡単には見いだせないと思いますが、議論と模索は必要です。
 前置きが長くなりましたが、そんなことを考えているときに時事通信編集委員の湯川鶴章さんの新著が刊行されました。一般にはタイトルからも内容の面でも、広告論として読まれているようですが、新聞をメインとする既存マスメディアの編集職場にいるわたしにとっては、新聞のジャーナリズムの今後を模索する上で示唆に富んだ一冊になりました。
 繰り返し登場するキーワードは漫画サザエさんに出てくる「三河屋さん」。磯野家の家族構成はもちろんのこと、しょう油1本にしても「そろそろ切れるころだ」と思ったら注文取りのときに「しょう油はどうしますか」と水を向け、波平さんの血圧が高ければ減塩の商品を奨める。例えればそんな情景で、顧客の嗜好・事情ごとにきめ細かく対応する情報サービスがデジタルの技術革新によって実現し、将来は広告のみならず消費行動そのものまで変わっていく、との指摘が、米国の最新事情の取材成果とともに示され、質の高いルポルタージュを読んでいるようなおもしろさに、知らず知らずのうちに引き込まれます。
 本書で直接、紹介されているのは広告ですが、これを記事(ニュース)の流れに置き換えればどうなるだろうか、ということを読んでいる最中から考えていました。新聞にしてもテレビにしても、ニュースは送り手側が「これがニュースだ」と判断したものを独自にパッケージにまとめて、マスの読者に向けて発信してきました。新聞社が自社サイトを設けてネット上でもニュースを発信するようになっても、根っこのところのニュースに対する考え方は変わりがありません。話をすっきりさせるために、新聞に限定して書いていきますが、新聞社からマス読者へ、「1対多数」の関係です。
 しかし、ネットとテクノロジーによって、まず広告が「1対多数」から「1対1」にシフトしていくのだとしたら、この先に何が起きるのでしょうか。新聞社の収益は大きく言えば広告料と購読料の2つです。新聞の広告媒体としての地位の低下と、販売部数の低迷が新聞社の経営を大きく揺さぶりつつあることは一般にも知られるようになっています。既に新聞社はどこも相当な金と人手をかけてネット展開に乗り出していますが、本気で新たな収益源の確保をネットに求めようとするなら、少なくとも画一的な「読者=生活者=庶民=マスの人々」を想定したような、従来のジャーナリズムだけでは太刀打ちできないと思います。マスの中の一人ひとりの「個」を見ながら「1対1」の関係を想定したジャーナリズムの可能性をいかに模索していくのか。情報の送り手と受け手の「1対1」の関係の集積としての「マス」、その意味でのマスメディアにどうやって自らを変えていくのか。当然、読者との間に双方向の関係もなければならないでしょうし、メディア内部での「個」の尊重という観点も重要です。要は、ジャーナリズムの中味も変わらなければ、新聞社は企業としても、ジャーナリズムとしても生き残れないのではないか。そこに経営者はもちろんのこと、一人ひとりの記者も気付くかどうかがポイントなのだという気がしています。
 湯川さんが本書を書かれた意図、訴えたかったことを正確にわたしが理解できているかどうかは心もとないのですが、以上が新聞記者の一人としてのわたしなりの読後感です。

 湯川さんには新聞労連の専従役員時代、労連の学習集会などで何度も講師をお願いしました。ネット社会をどう考えていけばいいのか、当時、湯川さんに教えていただいたことを一つひとつ思い出しながら、わたしの立場でわたしなりの実践を模索しています。本書も1人でも多くの新聞記者に読んでほしいと思います。
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by news-worker2 | 2008-11-30 13:53 | 読書
 このブログを4月に始めてから半年が過ぎました。きょうもご訪問いただき、ありがとうございます。この機にブログのタイトルを「ニュース・ワーカーⅡ」から「ニュース・ワーカー2」に変更します。トラックバック先などで「Ⅱ」がうまく表示されないことがあるためです。
 旧ブログ(ニュース・ワーカー)の運営を休止後の約1年半は、気がついたらブログ界自体から遠ざかるようになっていました。新聞を中心とした仕事をしているため、新聞社のサイトはまめにチェックするのですが、ブログ界でどんなことが話題になっていようとも、直接、新聞制作にかかわってくることはまずないため、RSSリーダーも開かない日が自然と続くようになっていました。統計上の数字があるわけではなく、わたしの実感に過ぎないと言えばそのとおりなのですが、こうした状況は、新聞記者、中でも40代から50代のデスク層以上の編集幹部クラスに共通していると思います。「抜いた抜かれた」の競争がし烈だとは言っても、しょせんは新聞や放送など既存のマスメディア同士の枠組みに限られています。本音レベルでは関心は「いかに同業他社を出し抜くか」であって、「ネットの言論空間を含めて、知られていない事実を発掘し、社会全体にいかに早く届けるか」という意識は希薄だと感じています。
 ブログ再開とともに、毎日、他のブログやネットニュースサイトにも目を通す習慣が復活しました。ネット上の言論空間では、新聞社が記事として発信する情報も、個人がブログを通じて発信する情報も同列にフラットに扱われることを日々、実感しています。そもそもマスメディアが向き合う「マス」が、以前と同じように存在しているのか、ということも、自らの存在意義の再確認と再定義のために、マスメディアの内部で議論される必要があるだろうと考えています。
 今後も思うところや考えるところを、こつこつと書きつづっていきたいと思います。また、マスメディアで働くデスク層以上の幹部クラスの方々の中に、もしも個人としてネットリテラシーを高めたいと考えている方がいれば、匿名でもいいのでブログ運営をおすすめします。
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by news-worker2 | 2008-10-20 00:28 | 近況・雑事
d0140015_23575169.jpg 朝日新聞社ジャーナリスト学校が刊行していた研究誌「朝日総研リポート AIR21」が衣替えし「Journalism(ジャーナリズム)」10月号が刊行されました。朝日新聞のサイトの告知記事によると、「現場の記者、編集者や研究者らが執筆し、メディアの問題を考える月刊研究誌」とのことですが、最大の特徴は朝日新聞以外の新聞に所属する現役の記者が複数、論考を執筆していることでしょう。10月号では毎日新聞や高知新聞、沖縄タイムスなどの記者の名があります。
 日本の新聞ジャーナリズムをめぐっては、新聞社内で多くの場合、「新聞というメディア」と「新聞社という企業」とが峻別されないままに語られているとの実感をわたしは持っています。「Journalism」誌の発刊は、朝日新聞社のジャーナリスト学校の意欲的な試みとして受け止めています。
 「メディアリポート」では「放送」「新聞」「出版」の伝統的マス媒体とともに「ネット」(執筆者はブログ「ガ島通信」の藤代裕之さん)も取り上げています。同誌の今後に注目したいと思います。
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by news-worker2 | 2008-10-13 23:59 | 新聞・マスメディア
d0140015_9355841.jpg 著者は元毎日新聞社会部記者。ネット社会をめぐる数々のリポートや発言は、いつも参考になります。最近では、毎日新聞の英文サイトWaiWai問題で、CNET‐Japan上のブログ「ジャーナリストの視点」の「毎日新聞社内で何が起きているのか(上)」「同(下)」多くのブックマークを集め、話題になっています。
 本書ではそのWaiWai問題の考察も含めて、ネット上に出現した新しい言論の公共圏が日本社会に引き起こしている変化を描いています。中でも、WaiWai問題はライブドア事件と郵政解散・総選挙があった2005年以来のエポックメイキングな出来事であるとの指摘には、あらためてうなずきました。実は本書をこの欄で取り上げる意図も、この点にあります。
 日本の新聞社各社も昨今はインターネット展開に躍起ですが、編集の現場(つまり新聞記者です)に限っては、とりわけ40-50代の幹部クラスは十分なネットリテラシーを身に着けているとは言いがたいのが実情だと感じています。そうした層にこそ、まず本書を手に取ってほしいと思います。既存メディアに対する数々の指摘は、恐らくいちいちが腹立たしいことでしょう。しかし、その腹立たしさをひとまずは抑え込んで読み進んでほしいと思います。読み終えた後も怒りは収まらないかもしれません。読後感は人それぞれかもしれませんが、あらためて新聞や新聞社のジャーナリズムの今日的な意義を考えるきっかけになれば、そういう人が1人でも増えれば、その分だけ新聞ジャーナリズムは存在の意義を強めることができるのではないか。わたしは本書の意義をそんな風に考えています。 
 
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by news-worker2 | 2008-10-05 13:38 | 読書
 毎日新聞の27日付朝刊(東京本社発行、最終版)に訂正とおわびの2つの記事が掲載されました。一つは小泉元首相の引退表明をめぐる飯島勲元秘書官のコメントの引用についての訂正。もう一つは英文サイト「毎日デイリーニューズ」のコラム「WaiWai」問題で、毎日側が記事を無断で利用、翻訳していた出版社、新聞社が32社に上っていたことの新たなおわび(サイトにもアップされています)です。2つの問題自体は異なる事柄ですが、新聞社のジャーナリズムの在り方からは、必ずしも相互に無関係ではないように思えます。
 飯島元秘書官の発言の引用を訂正した記事は、26日付朝刊の政治面(5面)に「存在感 神通力薄れ」「『支持』小池氏も総裁選惨敗」などの見出しとともに記者の署名入りで掲載されました。背景事情として、小泉元首相の政治的影響力が弱まっていたことを指摘する内容のいわゆる「サイド記事」です。関係部分を引用します。
 「小泉氏は(サプライズを生む)魔法のつえをなくしてしまった。次期衆院選で小泉氏が応援しても小泉チルドレンは負けるだろう」
 長く秘書として仕えた飯島勲元首相秘書官は、引退の報を聞くと周辺にこう語った。

 この記事について27日付朝刊の同じく5面に、発言していない言葉が掲載されたとして、飯島氏が毎日新聞社社長、政治部長、記者の3人を名誉棄損、信用棄損、業務妨害の疑いで警視庁に告訴状を提出したことを伝える記事とともに、「訂正」を掲載しています。引用します。
 26日朝刊で、小泉純一郎元首相の飯島勲元秘書官の話として「小泉氏は(サプライズを生む)魔法のつえをなくしてしまった。次期衆院選で小泉氏が応援しても小泉チルドレンが負けるだろう」とあるのは、飯島氏の数日前の話を誤って形で引用したものでした。飯島氏は、小泉元首相引退の報を聞いてこのようなコメントはしていません。この部分を取り消します。

 毎日新聞の訂正記事では、数日前ではあるものの発言自体はあったことになります。しかし、なぜ時期を間違えてしまったのかは定かではありません。気になるのは、発言自体の有無(時期はともかくとして)についての飯島氏の主張は、他の報道によれば必ずしも毎日新聞の説明と一致しないことです。例えば共同通信の記事では「飯島氏は『毎日新聞から(取材の)電話も受けていない。捏造だ』と発言を否定。週明けに損害賠償を請求する訴訟も起こすとしている。」とあります。
 発言は確かにあったが時期を間違えて引用してしまったのか、それとも発言自体が存在していないのか。後者だったとすると、次には毎日新聞が記事で「周辺にこう語った」と記述している「周辺」など毎日新聞の情報源の信ぴょう性が問題になります。飯島氏に対する毎日新聞記者の直接取材はなかったと推察されることも含めて、毎日新聞記者の取材は妥当だったのか、という問題です。
 毎日新聞本紙の取材と記事の掲載のありようという問題は、もう一つのおわび記事のWaiWai問題にも関係してくるのではないかと思います。
 毎日新聞はことし7月20日付朝刊に、WaiWai問題の検証記事を掲載しました(サイトにもアップされています)。その中には次のようなくだりがあります。
 毎日新聞本紙では、記者が書いた原稿はデスクが目を通し、事実関係や表現について筆者に細かく確認を取ったうえで出稿される。さらに、紙面に掲載されるまでには、記事の扱いや見出しを決める部署や校閲部門、当日の編集責任者など何重ものチェックを経る。しかし、「WaiWai」ではこうした綿密なチェックは行われていなかった。原典の雑誌記事との照合も行われず、ほとんどが外国人スタッフの間で完結していた。

 WaiWaiの不適切な記事とは異なり「何重ものチェック」を経ていた本紙の記事で、なぜ今回のような誤報が起きたのかは、つまるところWaiWai問題の再発防止策にも密接にかかわってくる、と言えるのではないでしょうか。毎日新聞社には、WaiWai問題でみせたように、飯島氏の発言引用問題でも誤報の経緯を検証し、読者に説明する真摯な対応を期待しています。

 WaiWai問題は何度かこのブログでも取り上げてきました。過去エントリをまとめておきます。(新着順)。
 外国人記者の「働かされ方」に問題はなかったか~毎日WaiWai問題検証で考えること
 ひとこと:英文毎日コラム問題で毎日新聞が内部調査結果を掲載
 ひとこと:英文毎日問題で7月中旬に調査結果公表
 趣の異なる新聞不祥事~英文毎日の不適切コラム問題
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by news-worker2 | 2008-09-28 02:59 | 新聞・マスメディア
 上司から聞いて知ったのですが、長野県警が9月からホームページに「ニュース24時」というコーナーを作りました。広報資料として発表した事件事故情報を、独自に一般向けのニュースとして発信しています。平日に1日2回、午前11時と午後4時に更新しています。
 ホームページトップの左上長野県警ニュース24時のバナーをクリックすると、ページに飛びます。
 9月19日のニュースでは、例えばこんな感じです。
無免許運転の男を逮捕(長野南署)
 本日午前10時10分ころ、長野市篠ノ井塩崎地籍において、普通貨物自動車を無免許で運転していた派遣社員の男50歳を交通取締り中の警察官が発見し、道路交通法違反で現行犯逮捕しました。

 9月18日は死亡交通事故やコンビニ強盗の発生など5件、17日は振り込め詐欺対策会議など事件事故情報以外の行事も含めて、15件の〝ニュース〟を掲載しています。コンビニ強盗犯の公開捜査では、指名手配された容疑者の顔写真もアップしています。
 他の警察でも青森県警「事件・事故メモ」千葉県警「最新事件・事故ファイル」など類似の例がありますが、長野県警の場合は自ら「ニュース24時」と掲げているように、その速報性に正直、驚きました。ものによっては、県民の目に触れるのが新聞紙面よりも早いケースがあるかもしれません。新聞ではボツになっている情報もあるでしょう。
 指名手配の容疑者を「犯人」とする一方で、被害者や逮捕した容疑者など当事者は匿名になっているなど、新聞記事とは異なった警察独自の表記になっていますが、ネット社会でのこうした警察独自のニュース発信が、新聞や放送など既存のマスメディアの事件事故報道にどのような影響を与えるのか。少なくとも、報道が警察の発表丸写しにとどまっていては、読者からは一目瞭然です。わたし自身、事件事故報道の社会的な存在意義をあらためて考えているところですし、警察を担当する若い記者たちにも「プロの仕事とは何か」、ぜひ考えてほしいテーマです。
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by news-worker2 | 2008-09-21 09:39 | 新聞・マスメディア
 本ブログの趣旨紹介欄の写真をわたしの顔写真にしました。実名で運営しているので、その方が自然かと考えるようになりました。とはいえ、身分証明書のようなものも避けたいと思い、手持ちの写真から選んだのは、4年前の2004年10月、新聞労連の委員長当時にスイス・ジュネーブの国際労働機関(ILO)本部を訪ねた際の1枚です。
 印刷・文化・メディアの産業分野で情報技術(IT)が労働・雇用に与える影響とその対策をテーマにした政労使(各国政府・労働側・使用者側)の3者協議に、日本の労働側代表の1人として参加しました。残念なことに、日本からは政府、使用者側の参加はありませんでしたが、各国の労働側代表との交流は貴重な経験でした。特に、知識としては知っていましたが、企業内組合を基本にしてきた日本と異なり、個人加盟の産業別組合を基本にしている海外の労働組合運動の実態に、ほんの一端とはいえ直に触れることができたことが、今も強く印象に残っています。

d0140015_148477.jpg 旧写真に対して「あれは一体何ですか」というお尋ねを時々いただきました。沖縄・那覇市のある店の名物「焼きてびち」です。「てびち」とは豚の足、いわゆる「豚足(とんそく)」です。沖縄でもこの店だけしかない料理のようです。詳しくは裏ブログの関連エントリをご覧いただければ幸いです。
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by news-worker2 | 2008-09-14 01:54 | 近況・雑事
 既に1週間が経ってしまいましたが、毎日新聞社の英文サイト「毎日デイリーニューズ」上のコラム「WaiWai」に不適切な記事が掲載されていた問題で、毎日新聞社が20日付朝刊と自社サイト上に内部調査結果と第3者委員会「『開かれた新聞』委員会」の委員4氏の意見を掲載しました(全文は毎日新聞のサイトで読めます)。この問題は以前のエントリ(「趣の異なる新聞不祥事~英文毎日の不適切コラム問題」)でも取り上げましたが、今回の検証については、総じて毎日新聞は真摯に取り組んだとの印象をわたしは持っています。その上で、不適切な記事を書いていた当該の外国人記者の毎日社内での立場と処遇について、「組織と個人の関係」や「働き方、働かされ方」の問題につながってくる大きな問題をはらんでいると考えています。わたしが感じていることを書いてみます。

続きます
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by news-worker2 | 2008-07-28 01:09 | 新聞・マスメディア
 毎日新聞社の英文サイト「毎日デイリーニューズ」上のコラム「WaiWai」に不適切な記事が掲載されていた問題で、毎日新聞社はかねて予告していた通り、20日付朝刊と自社サイト上に内部調査結果と第3者委員会「『開かれた新聞』委員会」の委員4氏の意見を掲載しました。
 紙面では1面におわびの社告、22面と23面に調査結果と第3者委員会の意見があり、相当な記事量です。全文は毎日新聞のサイトで読めます。総じて、真摯に検証と再発防止策の策定に取り組んだとの印象をわたしは持っています。その上で、いくつか感じていることがあるのですが、整理した上で後日、書いてみたいと思います。
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by news-worker2 | 2008-07-22 01:10 | 新聞・マスメディア
 以前のエントリ「趣の異なる新聞不祥事~英文毎日の不適切コラム問題」で取り上げた英文毎日のコラム「WaiWai」問題で、毎日新聞社が7月中旬に社内調査結果を公表することを7日付の紙面とサイトで明らかにしました。第三者機関「『開かれた新聞』委員会」の見解も公表するようです。
 毎日新聞のサイト「毎日JP」のバナーがしばらく前から自社ものだけになっています。英文毎日の問題が広告に影響しているのだとすれば、マスメディアのネット展開の上からも、大きな出来事と位置づけられると思います。
 この問題ではブログ「ガ島通信」の藤代裕之さんのエントリ「毎日新聞『Wai Wai』問題と私刑化する社会とネット時代の企業広報の視点」が参考になります。

*追記(2008年7月10日午前8時半)
 この問題を取り上げたネット上の記事が目につくようになってきました。

 「『毎日jp』が自社広告だらけに、ネット上に深いつめ跡残る」ITpro

 「毎日jpのビジネスモデルが事実上の破綻、低俗記事乱発で広告出稿が激減」Technobahn

 「インターネットにようこそ。」ひろゆき@オープンSNS
  
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by news-worker2 | 2008-07-08 08:46 | 新聞・マスメディア