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 労働争議を第三者の裁定に委ねようとする場合、行き先は大きく分けて裁判所と都道府県の労働委員会の二つがあります。裁判所の場合は、判決や決定に不服なら高裁などへ上訴する道があり、それと似て労働委員会にも、労働組合法に基づく国の行政委員会である中央労働委員会という上位裁定機関があります。中労委は使用者委員、労働者委員、交易委員の3者構成で各15人。少し前のことですが、その労働者委員に初めて連合(日本労働組合総連合会)以外から、全労連(全国労働組合総連合)出身の委員が16日付で選任されました。一般にはあまり注目されないニュースですが、わたしは労働運動の新しい機運を期待できる出来事として、好意的に受け止めています。
 労働運動のニュースをマスメディアの報道で見ていると「労働組合=連合」と受け止めてしまいかねないほど、労働側の動きと言えば連合ばかりが報道されています。日本のいわゆるナショナルセンターには、連合のほかにも全労連があるのですが、報道の上ではなかなか目にしません。厚生労働省の昨年6月現在の調査では、連合662万2千人、全労連68万4千人と、その組合員数には相当の差があることが主な理由と思います(少数意見にも光を当てるべき、との観点に立てば、いくら数に違いがあるとはいえ、現在のマスメディアの報道スタンスには問題があると考えていますが、ここではさて置きます)。別に労働組合の全国組織としては、国鉄労働組合(国労)などが加盟する全国労働組合連絡協議会(全労協)がありますが、ナショナルセンターとしてカウントされていません。このほか、連合、全労連のいずれにも加盟しない組合もあり、わたしが専従役員を務めた新聞労連もそうした「中立系」と呼ばれる産業別組合の一つです。 
 ここからはわたしの個人的な理解ですが、日本の労働組合運動は1980年代後半、連合と全労連の2ナショナルセンターへと再編が進む課程で、同じ産業内でも連合系、全労連系という風に産別組合が分かれていきました。分かれなかったところは連合、全労連の双方に入ろうにも入れない、どちらかに行こうとすると分裂するという状況でした。なので、もともと連合系と全労連系は仲がよくありません。労働界再編後の中労委員選任が連合独占で推移してきたのも、仮に労働行政当局が全労連系の委員を選任しようとしても、連合がそれを許さず(連合が労働行政に協力しない事態は、労働行政当局も避けたかったのだと思います)、結果として実現してこなかったのだろうと考えています。
 中労委員の連合独占に対し、全労連や中立系の労組、新聞労連も加盟する日本マスコミ文化情報労組会議(MIC)は非連合系の委員選任を求めて共闘会議をつくり、統一候補を立てて推薦してきました。わたしもMIC議長として、この取り組みに参加していました。今回の非連合委員の誕生を、まずは素直に喜んでいます。同時に、そうした労働運動の潮流間の〝勢力争い〟の観点にとどまらず、労働運動に芽生えている新しい機運が育っていくことを期待できる出来事ではないかと考えています。その機運とは、働く者の権利の擁護のために潮流の違いを超えて共闘する、ということです。
 前回のエントリーでも触れましたが、ワーキングプアや貧困が社会問題化し、既存の労組とは一線を画した個人加盟ユニオンが立ち上がっています。その中で連合も全労連も、既存の労組間で縄張り争いに暮れている場合ではない、ということにとうに気付いています。実際のところ、わたし自身も争議の現場で、潮流の違いを超えて支援する、支援を受けるという体験をしましたし、既存の正社員労組が、非正規雇用の人たちと連帯・共闘を図る取り組みにも参加しました。そうした労働運動の中の新しい機運が、今回の中労委員選任にも反映されたのではないか。希望的観測に過ぎないかもしれませんが、わたしはそう受け止め、労働運動の今後に期待しています。
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by news-worker2 | 2008-11-21 01:05 | 労働運動
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d0140015_162250100.jpg 書評と言うより、個人的な体験を重ね合わせた勝手な感想です。
 本書は、労働・雇用分野の社会的規制をめぐる流れが小泉政権時の規制緩和一辺倒から再規制へと転換しており、大きな転機は小泉元首相が退陣した2006年だったと指摘しています。厚生労働省官僚らによる「官の逆襲」の一面もあり、小泉「構造改革」の見直しと転換という側面と、政官財癒着構造の復活と既得権益の擁護という側面の二面性があることに注意を促しています。そうした指摘を踏まえた上ですが、わたしは「労働再規制」という今の流れを歓迎したいと思います。
 わたしは2回の労働組合専従役員の経験があります。最初は2001年から1年間、所属する企業の企業内労組でした。2回目は上部団体の産業別組合である新聞労連(日本新聞労働組合連合)で、2004年から2年間でした。わたしが労働組合専従を降りて、新聞産業の編集職場に復帰したちょうどそのころ、労働規制をめぐる動きに大きな転機があったことになります。
 新聞労連にいた当時のことで、思い起こすたびに今も切なさを覚えるいくつかのことがあります。そのうちの一つが、2005年の「郵政民営化」選挙です。公共サービスも例外を認めず市場競争に委ねることが、そこで働く人たちに過剰な負担と犠牲を強いることになるのではないか、との疑問をわたしは抱いていましたし、この流れが果てしなく進んでいったときに社会はどうなるのか、強い疑念も持っていました。労働分野の規制緩和が、新聞産業でも正社員から非正社員への置き換えを促進させていることに既に気付いていましたし、非正規雇用の人が理不尽に雇い止めに遭ったケースも見聞きしていました。争議支援にも加わっていました。だから、郵政民営化に反対する当該職場の労働組合の主張に、同じ労働組合運動に身を置く者としてシンパシーを持っていました。しかし、小泉首相の「労働組合は抵抗勢力」とのワンフレーズに、労働運動の側の声はかき消されていった観がありました。確かにわたしは規制緩和一辺倒の「構造改革」に「抵抗」する立場でした。自民党圧勝の結果をみながら、本当に切ない気持ちになりました。
 しかし、翌2006年8月の新聞労連役員退任・職場復帰のころには、社会の雰囲気も郵政選挙のころと変わってきた、との印象を持っていました。朝日新聞が先駆けた偽装請負告発のキャンペーン報道やNHKスペシャル「ワーキングプア」などによって、労働運動の内部では既に知られていた労働・雇用分野の「構造改革」のマイナス面が、かなり社会一般にも知られるようになっていました。また、既存の企業内労働組合とは一線を画した個人加盟のユニオンが次々と立ち上がり、独自の団体交渉や争議で、労働条件改善や企業に法令を順守させるなどの成果を挙げていました。そんな中でわたし自身は、正社員の仕事に就けないのも貧困状態に陥るのも、すべてを「自己責任」で片付けるわけにはいかないのではないか、と考えていましたし、既存の労働組合も企業内サークルに閉じこもるのではなく、個人加盟のユニオンなど、新しい労働運動の潮流とも連携していけるような自己変革を進めるべきだと考え、口にもしていました。
 その後の2年間余り、復職後は日常の雑事にかまけて、組合専従時代のようには労働・雇用分野の規制をめぐる議論を逐一フォローできずにいました。本書は、2006年以後に政策決定の流れが変化していった経緯を丹念に検証し、コンパクトにまとめており、頭の中を整理するのにとても役に立ちました。そして、3年前の郵政民営化選挙の当時と比べると、自分と同じ考え方の人が増えているのかもしれないと考えると、3年前から抱き続けている切なさの感情が、多少は軽くなったような気がします。
 本書は、労働組合の執行部に身を置き、自分たちの職場と仕事の今後を社会全体の変化と関連付けてどう考えていけばいいのか、運動方針を提起する立場の人には有意義な一冊だと思います。また、小泉元首相が政界引退を表明し、新自由主義の本家本元とも言うべき米国では大統領選でオバマ氏が圧勝した今、過去を振り返りつつ今後の社会のありようを考えて行くのにあたっても、有用な一冊だと思います。
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by news-worker2 | 2008-11-16 16:24 | 読書
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 新聞業界を就職先に考えている学生さんらへのお知らせです。
 全国の新聞社の労働組合でつくる新聞労連が、11月30日に東京で、12月6日に大阪で、新聞業界就職フォーラムを開催します。2010年春入社を目指す方々(10生)が主な対象です。
 以前のエントリー(お知らせ:9月に「マスコミ就職フォーラム」が開かれます)で紹介した出版や広告の労働組合との共催フォーラムの延長で、新聞業界に特化した内容です。今回のフォーラム自体は、新聞の仕事をビビッドに知ってもらい、職業選択の判断に役立ててもらうのが狙いです。採用試験対策のハウツーものではありませんが、参加すれば新聞社のデスククラスによる作文講座の応募資格もあるようです。
 詳しくはこちらへ。有料です。

 作文講座はわたしも新聞労連委員長の当時から講師を務めました。実践的な講習で、間違いなく文章を書く力がアップすると思います。仮に新聞以外の産業で働くとしても、「文章が書ける=伝えたいことを着実に伝えられる」能力は、様々に役に立つと思います。
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by news-worker2 | 2008-11-11 00:55 | 新聞・マスメディア
d0140015_312379.jpg ベストセラーになって久しい小林多喜二の1929年の小説「蟹工船」を先日、新潮文庫版で買い求め、読みました。大学生のころに一度読んでおり、ストーリーはほぼ覚えていた通りでした。しかし読後感は大学生の当時とかなり違います。
 大学生当時の記憶はおぼろげなのですが、かつて日本にこんなことがあった時代があったのだと、歴史の一コマとして受け止めながらも、それ以上に思うところはありませんでした。もはや日本では、小林多喜二が描いたようなことは起こるまい、と漠然と考えていました。わたしは1979年に大学に入り83年に卒業したので、「蟹工船」を最初に読んだのはその間のいずれかの時期になるのですが、当時の日本社会は経済的には成長ムードが続いており、暴力と言えば権力によるものよりも、成田空港闘争など新左翼諸党派によるものや、それらの党派間のいわゆる内ゲバが大きなニュースとして受け止められていたように感じます。韓国で朴大統領が暗殺され、続いて光州事件が起きたことに大きな衝撃を受けたことが強く記憶に残っており、小林多喜二が虐殺されたことに対しても、日本でかつてあった事実であるということよりも、韓国で同じような弾圧が進行していることの方に強い印象を抱いていたと思います。
 あれから30年近くたち、個人的にも様々な経験を経て「蟹工船」を読み返してみて、今の読後感をひと言で表現すれば「高揚感」です。人が個々の存在を尊重されなくなったときに怒りが湧き、いくつもの怒りが集まり力となる、そういうことは現実に起こりうる、そのことを自分自身が理解できるという高揚感です。「蟹工船」で最後に組織的なストライキに至る労働者たちが感じたのと同種の怒りと、その怒りが行動へと収れんされていく運動を、わたし自身も労働組合の活動を通じて見聞きすることがあり、ささやかながら関与することもありました。一人ひとりは弱い存在でも、団結することで大きな力が生まれることを実感できた体験がありました。そのときに感じたのと同じ高揚感が残っています。
 一方で正直に告白すれば、高揚感があるということ自体を嫌悪する、そんな感情もあります。わたし自身の働き方は、期限の定めがなく、容易には解雇されない「正規雇用(正社員)」であり、長らく労働組合にも守られてきました。今なぜ「蟹工船」が読まれているのかと言えば、細切れの不安定な非正規雇用が若年層を中心に増大していることが大きな要因だと思います。あるいは名目上は「正社員」ではあっても、実態として働く者としての権利が守られていない「名ばかり正社員」もあります。自らの働き方を「蟹工船」の労働者たちと重ね合わせている人たちがいることに思い至るとき、では自分は何ほどのことをしてきたのか、と自問せずにはいられません。働く者の権利を守るために行動した経験ばかりではなく、動こうとしながら何もできなかった苦い経験もあります。そして今もいったい何をしているのだろう、何もできていないではないか、と考えてしまいます。
 しかし、自己嫌悪はあるにしても、「蟹工船」を読んで気持ちに高ぶりを感じる、この高揚感も大事にしなければならないと考えています。そして今後も「働く」ことの意味、「個」が「個」として尊重されること、「個」と「個」がつながることの意味と方法を考えていきたいと思っています。

 10月23日の東京新聞夕刊の文化面に、作家辺見庸さんのエッセイ「SFとしての『蟹工船』」が掲載されています。共同通信が配信している連載「水の透視画法」のうちの1回です。「蟹工船」が今日ベストセラーになって久しい、その状況の辺見さんなりの受け止め方として、興味深く読みました。「蟹工船」を書き、「一九二八年三月十五日」を書いて権力を怒らせた小林多喜二が虐殺されたその状況は、現在ではありえないことと安心していていいのか。辺見さんはそんな問いかけをしていると受け止めています。
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by news-worker2 | 2008-10-26 03:13 | 読書
 ノーベル物理学賞の受賞が決まった京都大名誉教授の益川敏英さんへのお祝いメッセージが、京都大学職員組合のホームページに掲載されています。
 益川敏英先生のノーベル物理学賞受賞を心よりお祝い申し上げます
 益川先生は1970年7月に京都大学職員組合に加入されました。ご在職中は、支部書記長などを歴任され、停年でご退職になるまでの永きにわたり組合員としてご活躍されました。

 たまたまなのですが、mixiのマイミクさんの日記をきっかけに、ネットでこんな記事【関連:中山妄言への有力反証】「日教組」の元書記長がノーベル賞をとった!?【blog:土曜の夜、牛と吼える。青瓢箪。】)を見かけて、上記の京都大学職員組合のサイトを見てみました。
 京都大学職員組合は、上部団体として全国大学高専教職員組合(全大教)に加盟しています。全大教のホームページからは発足当時の経緯の詳細は分からないのですが、全大教近畿のサイトには次のような記述があります。
全大教は、1989年10月29日に、当時、日本教職員組合の一専門部としての大学部(略称:日教組大学部)から、自立・独立して結成されました。独立の際には日教組の規約に従って円満に行われました。

 益川さんが京都大学職員組合の支部書記長を務めていたのがいつごろなのか、定かではありません。しかし「『日教組』の元書記長がノーベル賞をとった」と言い切ってしまうかどうかは別としても、事実関係としては、益川さんが日教組傘下の組合員であったことには間違いがないようです。
 わたしはここで、益川さんが日教組の組合員だったことをもって、中山成彬氏の日教組攻撃発言が根拠を欠いている、と強調したいわけではありません。わたしが中山氏の発言を批判する主な理由は、以前のエントリの通りです。加えて、教職員の組合は日教組だけではない、他にも教職員の組合はあるのに、中山氏はことさら日教組だけを取り上げて執拗に批判した、そのことにも大きな違和感を持っています。
 教職員の組合では、京都大学職員組合が加盟する全大教や、1991年に発足した全日本教職員組合(全教)など、80年代後半から90年代はじめにかけて、組合運動の大きな組織再編がありました。背景には、1989年の総評解散と連合全労連の2大ナショナルセンター発足に象徴される日本の労働運動の再編があります。89年前後のこうした組織再編は教職員に限ったことではなく、再編には至らなくても議論自体はどこの産業の労働組合でも多かれ少なかれ経験してきたことです。
 一つの産業分野に複数の労働運動の潮流があり、複数の労働組合が並び立つ状況は、それ自体の善し悪しは別として、それぞれの組合の存在はやはり憲法で保障された労働3権、あるいは結社の自由の具現化であり、最大限に尊重されるべきです。近年は、非正規雇用の人たちの個人加盟のユニオンなどの活動も活発で、到底「労働組合」のひと言でひとくくりにはできません。
 中山氏の発言に話を戻すと、日教組に対して「批判」を超えて「解体」「ぶっ壊す」とまで口にしたこと、「日教組の強い地域」と「学力」との相関の薄弱さに加え、教職員の組合は他にもあるのになぜ日教組を「がん」とまで言い切るのか、理解に苦しみます。中山氏は既に次の衆院選での不出馬を表明しましたが、発言を取り消したわけではありません。彼のような国会議員が現に存在することを忘れずに覚えておきたいと思います。

 中山氏の発言を批判した以前のエントリに、3人の方からコメントをいただきました。その際のレスにも書きましたが、今回のエントリも、日教組を擁護することが本旨ではありません。
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by news-worker2 | 2008-10-10 04:51 | 労働運動
 ことし9月9日に厚生労働省が、いわゆる「名ばかり管理職」をめぐって出した通達「多店舗展開する小売業、飲食業等の店舗における管理監督者の範囲の適正化について」が労働界などで波紋を広げているようです。9月30日には連合(日本労働組合総連合会)が、厚労省に対し、要請活動を行いました。新通達が一人歩きした場合、通達に記載されている判断要素さえクリアすれば、労働基準法上の「管理監督者」として扱って構わないとの誤解が広がりかねない、との懸念に基づくもののようです。
 企業社会の実態として「管理職=管理監督者」との運用がまかり通り、さらに「管理職=非組合員」となっているケースが多いようですが、一方で「管理監督者」もまた「労働者」であり、経営者と「一体的な立場」の程度にもよるでしょうが、「管理監督者」が加入する、加入できる労働組合があっても一向に差し支えないと思います。このあたりのことは、このブログでもいずれまた書いていきたいと思います。
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by news-worker2 | 2008-10-01 02:18 | 労働運動
 麻生内閣が発足してわずか5日、中山成彬国土交通相が28日、辞任しました。「成田空港反対派は『ごね得』」「日本は単一民族」「日教組の強いところは学力が低い」の発言3点セットに始まり、27日は日教組攻撃発言をエスカレートさせ「日本の教育のがん」「解体しなきゃいかん」「ぶっ壊せ」とまで。28日の辞任後の記者会見では、日教組に関する一連の発言だけは撤回しなかったと伝えられています。
 わたしは、中山氏の一連の発言をひとくくりに「失言」ととらえることに違和感があります。少なくとも日教組攻撃は、中山氏自身が意図的に、確信を持って表現を強めていきました。その内容たるや、失言どころではなく「問題発言」「暴言」などの表現でも収まらないくらい、多々問題を含んでいると思います。
 日教組(日本教職員組合)とは何なのかと言えば、合法的に組織されている教職員の労働組合です。労働組合は直接的に憲法28条の労働3権の規定で、国民の権利として明記されています。また21条には結社の自由も明記されています。
 仮に特定の結社、団体、労組の活動に自分の考えと相反する内容があったとして、それを批判するのは基本的に自由だと思います。それもまた表現の自由ですし、批判には反論で答え、そうやって言論の自由が社会に担保されることになります。しかし、自分の考えと相容れないからといって、相手の存在を認めないことは許されるはずもないことです。それでは民主主義は成り立ちません。
 中山氏の「日教組は解体が必要」「ぶっ壊す」などの数々の発言は、閣僚としてはもちろんのこと、国会議員として明らかに憲法遵守義務の一線を越えています。「失言」で済むレベルではなく、憲法、立憲政治に直接かかわる問題だと思います。深刻なのは、中山氏自身に、憲法をないがしろにし、民主主義を危うくする内容であることの自覚が全くうかがえないことです。自分で自分が何を言っているのか、その意味がよく分かっていないとしか思えません。

*追記(9月28日17時55分)
 時事通信が辞任後の中山氏の記者会見の一問一答をアップしました。記録の意味で、日教組攻撃発言にかかわる部分を一部引用します。
 -日教組発言を撤回しないと言ったが。
 政治家中山成彬としては撤回したという考えはない。
 -日教組に対する認識は。
 問題はごく一部の過激な分子。日教組の中にもまじめに授業に取り組んでいる先生もいるが、政治的に子どもたちを駄目にして日本を駄目にしようという闘争方針で活動している方々がいる。それが日本を駄目にしている。
(中略)
 -なぜそこまでこだわったのか。
 それほど重要な問題。なぜこんなゆがんだ教育が行われているかについて関心を引きたかった。(報道各社インタビューで)国交相の仕事は何かと質問を受け、安心安全に暮らせる日本をバトンタッチするんだと答えているうちに、そこに住む日本人をちゃんと育てないといけないという気持ちがますます強くなった。
 -日教組の問題を言って良かったか。
 もちろん良かったと思う。
 -大分の人たちはどう感じたと思うか。
 大分県を名指しで言ったのは申し訳ない。
 -昨日、宮崎でなぜああいう(日教組批判の)発言を。
 確信的にあえて申し上げた。

 「問題はごく一部の過激な分子」と言いながら、なぜ「まじめに授業に取り組んでいる先生もいる」組合を組織丸ごと解体し、ぶっ壊さなければならないのでしょうか。
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by news-worker2 | 2008-09-28 16:14 | 憲法
 きのう(25日)は前日の麻生太郎内閣の発足に続いて、米原子力空母ジョージ・ワシントンの横須賀入港など大きなニュースがありました。そして夜になって、小泉純一郎元首相が衆院議員引退の意向を後援会に伝えた、とのニュースが飛び込んできました。
 5年間にわたった小泉政治には様々な側面があります。構造改革、郵政民営化、格差社会。ハンセン病問題の決着、対米協調外交と在日米軍再編、イラク戦争支持と自衛隊のイラク派遣、靖国神社参拝と対中国関係の悪化、訪朝・拉致問題などなど。ワンワード・ポリティクス、小泉劇場、小泉チルドレンなどのキーワードもありました。5年間の功罪の評価は人それぞれだと思います。
 わたし自身の自分史を重ね合わせて振り返ると、小泉政権が誕生した2001年、わたしは当時所属していた単組(単位組合)で最初の労働組合専従を初めて経験しました。になりました。執行部経験としては2度目でした。1年後に復職し、さらに2年を置いた2004年、2回目の専従として新聞労連委員長を2年間務めました。再び復職した2006年に、小泉政権も安倍晋三政権に替わりました。小泉政治の5年間を、わたし自身は労働運動に身を置きながら過ごしたと言っていいと思います。
 いくつか忘れることができない個人的な内面の思いがあります。一つは2005年の郵政民営化選挙で、小泉首相(当時)が言い放った「労働組合は抵抗勢力」という言葉です。自分と異なった意見は認めない政治姿勢だと感じました。しかし、それゆえに明瞭で歯切れのよさが際立つ物言いでもあったのかもしれません。選挙の結果は自民党の大勝。一方的にマイナスイメージのレッテルを張られながら、しかし労働運動の側の反論も何も社会に届かなかった、そんなやるせなく切ない心情を何ともしようがありませんでした。
 労働組合が「権利」を口にするとき、外部の人たちがイメージしていたのは「既得権益」だったのだと思います。そうではなく、労働組合をそれ自体「権利」として輝かせるためには、まずすべての働く人たちが、正社員であろうと非正規雇用であろうと、等しくその「権利」を手にできるようにしなければならないと考えました。そのために、日常の運動の質が問われていると感じました。
 小泉元首相の憲法観には、何度か心底怒りを覚えました。2003年12月、自衛隊をイラクに派遣することを決めるに当たって、小泉首相(当時)は憲法の前文の一部だけを引用しました。自民党内にも批判があった靖国神社参拝に際しては、内心の自由を持ち出し、政教分離に抵触しないと強弁しました。日本国憲法を総体として読めば、およそそのような解釈など不可能なはずでした。それでいて、改憲には熱意がないように見えましたが、今から思えば、だからこそ特異な憲法観が政治的な失点につながらなかったのかもしれないと思います。
 5年間の小泉政治がわたしたちの社会に何を残したのか、その評価が定まるにはまだ時間がかかるのかもしれません。明日(26日)の朝刊各紙はそれぞれに小泉政治の功罪を様々な角度から検証し、論じていることでしょう。なるべくじっくり読み比べてみようと思います。

*追記(9月26日午前11時半)
 誤読の恐れのある表現を一部手直ししました。
 タイトルを「小泉元首相が引退へ」から変えました。
 
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by news-worker2 | 2008-09-26 03:27 | 労働運動
 本ブログの趣旨紹介欄の写真をわたしの顔写真にしました。実名で運営しているので、その方が自然かと考えるようになりました。とはいえ、身分証明書のようなものも避けたいと思い、手持ちの写真から選んだのは、4年前の2004年10月、新聞労連の委員長当時にスイス・ジュネーブの国際労働機関(ILO)本部を訪ねた際の1枚です。
 印刷・文化・メディアの産業分野で情報技術(IT)が労働・雇用に与える影響とその対策をテーマにした政労使(各国政府・労働側・使用者側)の3者協議に、日本の労働側代表の1人として参加しました。残念なことに、日本からは政府、使用者側の参加はありませんでしたが、各国の労働側代表との交流は貴重な経験でした。特に、知識としては知っていましたが、企業内組合を基本にしてきた日本と異なり、個人加盟の産業別組合を基本にしている海外の労働組合運動の実態に、ほんの一端とはいえ直に触れることができたことが、今も強く印象に残っています。

d0140015_148477.jpg 旧写真に対して「あれは一体何ですか」というお尋ねを時々いただきました。沖縄・那覇市のある店の名物「焼きてびち」です。「てびち」とは豚の足、いわゆる「豚足(とんそく)」です。沖縄でもこの店だけしかない料理のようです。詳しくは裏ブログの関連エントリをご覧いただければ幸いです。
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by news-worker2 | 2008-09-14 01:54 | 近況・雑事
 12日は午後から休暇を取り、船員の労働組合である全日本海員組合(海員組合)の通信員セミナーに講師として参加しました。依頼を受けたテーマは「新聞、雑誌の記事の書き方」。新聞記事の書き方のノウハウのうち、労働組合の機関紙の記事でも参考になりそうなことや、実体験に基づくわたしなりの機関紙論を約3時間にわたって話しました。終了後はセミナー参加者の交流会にも同席させてもらい、わたしにとっても有意義な話を何人もの方から聞かせてもらいました。
 海員組合には、労働組合として際立った特徴があります。日本の既存の労働組合が企業の社員ごとに組織される「企業内組合」であるのに対して、船員一人ひとりの個人加盟を原則としていることです。所属している船会社が異なっていても、「船員」「船乗り」という共通の職能で一つの組合にまとまっています。企業内組合が企業内の労使関係であるのに対して、海員組合は組合員が所属する船会社と個々に団体交渉をし、個々に労働協約を結ぶことになります。それぞれの会社と共通の労働協約を結べば、結果として海員組合に所属する船員は、どこの船に乗っていても一律の労働条件が担保されることになります。形式的にはいわゆる「単位組合(単組)」ということになりますが、実体としては、「船員」という職能の「産業別組合(産別組合)」です。
 これを新聞産業にあてはめて考えると、例えば「新聞記者」を職能と想定すれば、個人加盟の〝新聞記者組合〟がそれぞれの新聞社と共通の労働協約を結ぶことによって、どこの新聞社で働こうが、新聞記者組合の組合員である限り、一定の労働条件が担保されるということになります。セミナー終了後の交流会で「実は、わたしたちのような個人加盟の〝産別〟がもう一つあります。どこだか分かりますか」と聞かれました。答えはプロ野球選手会です。
 産業を問わず、日本の企業で契約社員や派遣社員などの非正規雇用が増大している中、伝統的に正社員で組織されてきた企業内組合による企業内の労使交渉には限界が目立つようになっていると、わたしは考えています。正社員であると、非正規雇用であるとを問わず、同じ産業で働く同じ職能の労働者ならだれでも加盟できる個人加盟の産別組合であれば、今の企業内組合ではできないような幅の広い取り組みも可能になるのではないか、と思います。

 新聞労連委員長だった当時に海員組合とはお付き合いがあり、今回と同じように記事の書き方の研修の講師を務めたこともありました。当時の縁で今回、声を掛けてもらいました。ありがとうございました。

 海員組合のホームページはこちらです。
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by news-worker2 | 2008-09-13 01:16 | 労働運動