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続・高須大将の述懐

 田母神俊雄・前航空幕僚長の侵略戦争否定発言をめぐって、前回のエントリー「五・一五事件裁判長が遺した述懐~『前空幕長処分せず』で危惧されること」で取り上げた阿川弘之「軍艦長門の生涯」に出てくる高須四郎大将の逸話について、エントリーでもご紹介したブログ「ある教会の牧師室」管理人のちばさんから、引用した該当部分の原文をメールでご教示いただきました。またわたしの引用の適否についても丁寧なご指摘をいただきました。
 前回のエントリーでわたしは「五・一五事件で軍人たちの処断が甘かったことが後年の二・二六事件を誘発する一因になったとの指摘を、敗色が濃くなる中で死の床にあった高須大将自身が完全には否定しきれなかった(自分の判決が「間違っていた」とは思っていなかったにせよ)のではないかと、わたしは受け止めています。」と書いたのですが、ちばさんにご教示いただいた原文では、高須大将は息子に、以下のように語っています。
「五・一五事件の処置が甘かったから、次に二・二六事件を誘発したと言う人があるが、それは時間の経過の上でそう見えるだけの話で、歴史を知らない人の言い草だと思う。海軍にかぎっては、あの判決のあと、青年将校の政治関与とか、暗殺事件とかいったものは一つもおこっていない。米内(光政)さんが大臣に、山本(五十六)さんが次官に坐って、非常にはっきりした強い態度を部内に示されたせいもあるけれども、海軍は分裂の方向から統一の方向へ向って行った」
「死刑にして国内だけで簡単におさまるものならいいが、そう行かない証拠に、二・二六事件の時は、あれだけ大勢の被告を銃殺しておきながら、陸軍はたちまち翌年、盧(※原文は草冠が付いている)溝橋でああいう暴発をしたじゃないか。謀略の手は、こちらの側からだけ動いたのではないかも知れないが、結局その後始末をつけようとして、日独伊三国同盟、仏印進駐、対米英開戦と、こんにちの事態まで追い込まれてしまった。満州事変以来の総決算がここまで来たんだよ。残念なことだ。五十六さんだけは、私のほんとうの気持ちを分かってくれていたように思うがね」

 田母神氏の論文問題に即して高須大将の述懐を考えるなら、今日の防衛省・自衛隊に、米内光政海軍大臣―山本五十六次官のような「非常にはっきりした強い態度」でシビリアンコントロールの理念を部内に示すような存在が必要なのだ、という気が今はしています。
 阿川弘之さんの作品群には、米内光政や山本五十六とともに、「最後の海軍大将」である井上成美とあわせて「提督3部作」と呼ばれる3作の評伝もあり、今日の自衛隊のあり方を考える上でも示唆に富むエピソードが豊富に収録されています。統帥権が独立していた当時でも「軍人が政治に関して外部で発言するのは大臣に限る」との姿勢を強く部内に示していた米内光政や山本五十六、井上成美らのエピソードは、強く印象に残るものですが、これらの評伝も手持ちの原本が見つからないので、ここでのこれ以上の紹介はやめます。

 田母神氏の問題をめぐってはその後、APAグループの懸賞論文に90人以上の自衛官の応募があり、中でも航空自衛隊小松基地の第6航空団所属の尉官、佐官が約60人と多かったことが明らかになっています。その小松基地では、田母神氏が6空団司令時代の1999年にAPAグループ代表の元谷外志雄氏らが中心になって、金沢市に「小松基地金沢友の会」をつくっていたことも明らかになりました。他の自衛官が応募した論文の内容は明らかではありませんが、田母神氏の問題は田母神氏1人の問題にとどまらないのかもしれません。
 わたし自身は、自衛官であってもどのような歴史観・思想を持っているかは基本的には個人の「内心の自由」に属するものの、それを自衛隊の外部に公表するとなると、「言論の自由」ではすまされない別の問題になる、と考えています。国家の暴力装置の一部である自衛官は、その職務について憲法と自衛隊法で文官の指揮監督下にあることが明記されています。ことが政治的議論に及ぶテーマについては、私見を一切口に出さない、出すなら制服を脱いでからにすべきでしょう。
 わたしは田母神氏が更迭はされたものの定年退職となったことについては、やはり何らかの人事上の処分が必要だった(懲戒免職かどうかは別として)と考えています。同時に、今後のこととして、シビリアンコントロールの徹底が必要だと思います。実態として徹底されることももちろん大切なのですが、その理念をどう自衛隊内部で教育していくかということも重要だと思います。現代の米内光政、現代の山本五十六はいないのでしょうか。
 
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by news-worker2 | 2008-11-08 23:44
 前回のエントリーで取り上げた航空自衛隊の田母神俊雄・前航空幕僚長の侵略否定論文問題で3日、大きな動きがありました。3日夜、防衛省は田母神氏が定年退職となったことを公表。防衛省の説明では、空幕長の定年は62歳、空将の定年は60歳で、10月31日の解任の時点で既に定年でしたが、懲戒処分に備えた調査のために定年延長になっていました。しかし、田母神氏は調査に応じることを拒否し、辞職の意思も示さなかったため、定年延長を打ち切ったようです。
 田母神氏も3日夜、東京都内で記者会見し、「日本は侵略国家ではない」とあらためて自説を述べた上で「解任は断腸の思い」「私の解任で、自衛官の発言が困難になったり、議論が収縮したりするのではなく、むしろこれを契機に歴史認識と国家・国防のあり方について率直で活発な議論が巻き起こることを日本のために心から願っている」などと述べました。
 マスメディアの報道を総合して判断するに、防衛省は田母神氏をかばって定年退職としたわけではないようです。むしろ、政府見解を否定する内容の論文(「論文」と呼ぶにはあまりに稚拙な内容だと思いますが、それはさて置きます)を官職名を明らかにして発表したことに危機感を抱いていることがうかがえます。いわば、前空幕長に「迫力負け」したということなのでしょうか。わたしは、こと政治にかかわる事柄は、仮に個人的な見解であっても、武力を手にする自衛官が官職を伴った場で公に口にすることは厳に戒めなければならないと考えていますし、それは憲法が保障する「言論の自由」とは異質の、異なったレベルの問題だと思います。その意味で、今回の田母神氏の論文は明確に自衛官として守らなければならない一線を踏み外していますし、何としても懲戒処分が必要だったと思います。
 田母神氏への処分見送りで危惧されるのは、自衛隊内で田母神氏と同じ考え、歴史観を持つ自衛官らが何か考え違いをしかねないことです。田母神氏は空幕長という組織のトップとして論文を公表したので咎められた、一介の自衛官としての発言なら許される、問題にはならないのだ、という考え違いであり、「言論の自由」のはき違いと言っていいかもしれません。

 思い起こされるのは、戦前の軍人の暴走です。
 旧海軍の大将で、戦争中の1944年9月に病死した高須四郎という人がいました。米内光政や山本五十六ら、不戦海軍を信条としていたいわゆる「旧海軍左派」に連なるとされる提督です。高須大将が大佐の当時に、1932年に海軍士官らが犬養毅首相を暗殺した五・一五事件の軍法会議で、裁判長にあたる判士長を務めました。軍法会議は一人も死刑判決を出さずに終わりました。
 阿川弘之さんの小説「軍艦長門の生涯」に出てくる逸話(手持ちの本が見つからず、記憶に頼って書いているのですが大筋は間違っていないと思います)で、病床の高須大将が息子に五・一五事件の軍法会議を述懐する場面があります。高須大将は、五・一五事件の判決が実行犯たちに甘かったために後年の二・二六事件を招いた、との批判があることを苦にしていることを吐露し「もしあの時、死刑になる者が出ていれば、同じ思想を持った者が暴発していたかもしれない。それを防ぎたかった」という趣旨のことを息子に話した、そんな内容だったと記憶しています。この点、ウイキペデイアの「高須四郎」の記述では、「『死刑者を出すことで海軍内に決定的な亀裂が生じる事を避けたかっただけだ』と家族に胸中を吐露していた」となっています。わたしの記憶に誤りがあるかもしれませんが、いずれにせよ、五・一五事件で軍人たちの処断が甘かったことが後年の二・二六事件を誘発する一因になったとの指摘を、敗色が濃くなる中で死の床にあった高須大将自身が完全には否定しきれなかった(自分の判決が「間違っていた」とは思っていなかったにせよ)のではないかと、わたしは受け止めています。
 田母神氏の論文問題に話を戻すと、田母神氏を最優秀賞に選考したAPAグループ主催の懸賞論文には、ほかにも50人以上の自衛官が応募していたことも報道されています。田母神氏が空幕長職を解かれはしたものの、一自衛官としては何ら処分を受けることなく定年退職したことは、これらの自衛官にどう受け止められるでしょうか。あるいは、独自の思想を同じくする自衛官グループが組織化されていき、さらには外部の同じ思想グループと結び付いていったときに、自衛隊のシビリアンコントロールは守られるのか、軍事に対する政治の優位は保たれるのか。それらの将来への懸念を払拭するためにも、田母神氏への断固たる処分が必要だったのではないかと思います。しかし、その機会は失われてしまいました。
 禍根を残さないためには、防衛大をはじめとして自衛隊内部の教育態勢や、制服組の人事の検証と見直しが不可欠だと思います。それはジャーナリズムの課題でもあり、自衛隊の内部で何が起きているのかが、この国の主権者である国民に広く知られなければならないと思います。

 高須四郎大将のことをネットで検索していたら、牧師さんが運営しているブログ「ある教会の牧師室」のエントリー「大切な言葉が聞こえるか?」(2005年10月23日)に行き当たりました。「軍艦長門の生涯」の中の挿話ですが、すっかり忘れていました。田母神氏の論文問題をどう考えるかに際して、今日のわたしたちが知っていていい高須大将のもう一つの逸話だと思います。少し長いのですが、以下にエントリーの一部を引用して紹介します。
ところで、昨日も紹介した海軍大将高須四郎のもう一つの逸話が「軍艦長門の生涯」(阿川弘之著)の下巻267ページに紹介されています。彼は、昭和15年2月にある作戦室兼会合所が落成した折り、その建物の名前を考えてくれと頼まれ、「呼南閣」と名付けたそうです。

「長官、呼南閣とはどういう意味ですか?」と部下に問われると「それはね、南進論、南進論と、このごろ内地でやかましく言っているが、南方の資源が欲しくて、ただやみくもに南へ出ていくというのでは駄目だと私は思うのだ」「南方の人たちが、日本の徳望をしたって、向こうから自然に近づいて来る、日本人がもっと豊かな心を持って、南の人たちをこちらへ呼び寄せる、そうありたい。行くぞ行くぞと独りよがりの気勢をあげるより、おいでおいでの方がいいじゃないか。まあ、そんな気持ちでつけた名前だよ。甘い考えと笑われるかも知れないが、武威を以て南方を制圧しようとすれば、日本は必ずつまづくのではないだろうかね」

今、「侵略なんて無かった」と言っている人がたくさん居ます。しかし、当時の高須四郎のような人がこんな事を言っていたことを考えると、少なくても日本は、南進論という熱病に浮かされていたでしょうし、大東亜共栄の美辞麗句の裏で、資源を狙い、植民地を増やそうとしていたことだけは間違いがないようです。

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by news-worker2 | 2008-11-05 02:26
 航空自衛隊トップの田母神俊雄・航空幕僚長が、過去の中国侵略や朝鮮半島の植民地支配を正当化して「わが国が侵略国家だったなどというのはまさにぬれぎぬ」と主張する論文を発表し、マンション・ホテルチェーンのAPAグループが主催する「第1回真の近現代史観」懸賞論文で最優秀賞に選ばれたことが10月31日に分かり、更迭されました。マスメディアでも大きく報道されましたが、論文は政府の憲法解釈で禁止されている集団的自衛権行使や「攻撃的兵器」の保有解禁も必要だと主張していると読み取れる内容になっています。APAグループのホームページでは「航空幕僚長」の肩書きを明記して紹介しています。「日本は侵略国家であったのか」と題した論文はこのホームページからPDFファイルでダウンロードできます。
 わたしは、田母神氏の更迭は当然のことと受け止めています。
 仮に田母神氏の主張の当否をさて置くとしても、まず幹部職の国家公務員、しかも自衛隊の制服組のトップクラスの人物が、官職を名乗り国内政治的にも外交的にも賛否が割れるような内容の見解を外部に公表すること自体、信じがたい行動です。自衛隊のシビリアンコントロールの根幹にかかわることであり、このことだけで田母神氏は「その任にあらず」と言っていいでしょう。しかもその内容たるや、少なくとも「過去の侵略」についての見解は完全に従来の政府見解と異なるものであり、軽挙妄動の極みだと思います。また、懸賞論文のテーマは「真の近現代史観」であって「歴史研究」ではないと読めなくもないのですが、到底、歴史研究の成果として論争に耐えられるレベルでもないと思います。
 田母神氏は、以前のエントリー(「名古屋高裁判決についての航空幕僚長発言に感じる危うさ」や「イラク自衛隊撤収と名古屋高裁判決をめぐる『その後』」を参照ください)でも取り上げましたが、イラクでの航空自衛隊の武装兵員空輸活動を違憲、違法とした4月17日の名古屋高裁判決に対し、記者会見で「(隊員の気持ちを代弁すれば)『そんなの関係ねえ』という状況だ」と言い放った人物です。行政側の高官の一員として、司法をやゆし、3権分立をないがしろにしたとも受け取られかねないこの発言に対し、政府は何ら問題視しようともしませんでした。
 さすがに今回の論文では即日、更迭となりましたが、それで問題は終わりではないと考えています。本当にわたしが危惧するのは、自衛官が自衛官たる本分をわきまえているなら起こるはずがないこと、そんなことを実際に制服組のトップが起こしている、そのこと自体が何を意味しているのか、です。自衛隊の中でいったい何が進行中なのか、分かったものではないという不安を感じています。
 田母神氏の今回の一件は、個人レベルでの思想・信条の自由、内心の自由とはまったく異質の問題だと思います。自衛官は国の独立を守ることを職責とし、そのために暴力の行使を容認されています。独立を守るべきその国は民主主義で運営されており、その社会には多様な価値観が担保されていなければならないはずです。なのに、制服自衛官のトップが自らの価値観を主張し、その価値観と相容れない人びとを批判するに等しい論文を官職を明らかにして発表して、果たして暴力の行使を付託するに問題ないと言えるでしょうか。田母神氏が個人の信条として独自の「歴史観」を持っていて、そのこと自体は内心の自由だとしても、航空自衛隊という軍事組織のトップである以上、個人的な見解を官職を明らかにして公表することは、日本が民主主義社会である以上は許されないことだと思います。
 自らの社会的な存在意義を理解できていないとしか考えられないこのようなトップがどうして出てきたのか、論文公表は〝確信犯〟ではないのか、幹部自衛官らのシビリアンコントロール遵守に懸念はないのか、自衛隊の中で何が起こっているのか。これらの点の徹底的な検証もジャーナリズムの課題だと思います。
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by news-worker2 | 2008-11-03 00:52 | 憲法
 また自衛隊の話題です。
 防衛秘密にあたる海上自衛隊イージス艦のイージスシステム情報を流出させたとして「日米相互防衛援助協定等に伴う秘密保護法(以下、秘密保護法と表記します)」違反の罪に問われていた海上自衛隊艦艇開発隊所属(当時)の3等海佐に対し、横浜地裁が28日、無罪主張を退け懲役2年6月、執行猶予4年の判決を言い渡しました。
 この事件では、イージスシステム情報は海自内部に拡散し、アクセス権限がない多数の隊員の手に渡っていましたが、外部への流出は確認されませんでした。そもそも3佐はイージス艦以外の護衛艦システムを担当しており、秘密保護法が規定する処罰の対象者に当たるかどうかがまず大きな争点でした。3佐は隊員教育のために「善かれ」と考え、上司にも相談した上で、海自第一術科学校の教官(当時)に情報ファイルを記録したCDを送っていました。スパイ行為でもなく、秘密保護法が処罰の対象にしている「他人への漏えい」に当たるかどうかが第2の争点でした。判決はいずれも、検察側の主張をほぼ全面的に採用しました。
 判決は一方で、海自内部の情報管理のずさんさも指摘して執行猶予を付けた要因の一つに挙げています。判決それ自体だけを見れば「3佐に気の毒な面はあっても落ち度は落ち度で有罪はやむなし」「海上自衛隊の規律のゆるみも同時に断罪されたに等しい」「全体として妥当な判断」との印象を受けます。自衛隊の規律の粛正それ自体に異論を差し挟む余地は少ないだろうとは思うのですが、しかしそれにしても、わたしは今回の判決にはもう少し大きな問題が内包されているのではないかと考えています。
 判決は直接触れていないようですが、3佐の立件の背景には、日本に提供した軍事情報が漏えいすることに米国が強い不快感を示していたこと、捜査当局内には立件への異論もありながら最終的に「対米配慮」が重視され、3佐が逮捕・起訴に至ったことが、これまでの報道でも繰り返し指摘されていました。
 「もう少し大きな問題」というのは、日米の軍事一体化の大きな流れを背景に日本社会で、とりわけ自衛隊に絡む事柄では、米国の不興を買いかねない行為への厳罰化が進むのではないか、ということです。少し違った角度から言えば、捜査当局内にさえ異論があった立件に対し、裁判所が検察側主張をほぼ丸呑みにして有罪を認定したことは、結果としてであれ、司法が「対米配慮」を追認したと言えるのではないか、ということです。
 自衛隊内の規律維持に異論はないとして、しかし、そのことと規律違反の行為に刑事責任を問うこととの間には本来、一線が敷かれるべきです。また、仮に3佐の行為が外形的には「違法」となるにしても、刑罰を科すまでの悪質性があるのか、という論点も成り立つのではないかと思います。米国の不興を買い、日米軍事同盟の維持、進化に好ましくない行為には厳罰でもって臨む、というふうな風潮が日本社会に広がっていくことになりかねない、との危惧をわたしは抱いています。
 今回の事件は、結果的に自衛隊という組織の枠を出ることはありませんでした。いわば自衛隊内で完結した事件であったために、判決が内包している危険性が見えにくいとも言えるのではないかと思います。しかし、思い起こすのは、中国潜水艦のトラブルをめぐって、読売新聞の情報源の自衛官が自衛隊警務隊によって摘発され、職を奪われた事件です(以前のエントリー参照)。読売新聞情報源の一件が刑事手続きでは起訴猶予になったとはいえ、「米国の意向」が最優先という意味ではイージス艦情報の一件は同根だと思います。
 今回の秘密保護法は制定から半世紀以上の間、摘発例がありませんでした。半世紀以上前の立法趣旨がどこにあったのか、その辺の検討がないままに、条文を機械的に、検察主張のままに解釈し有罪を言い渡した判決は本当に妥当なのか。秘密保護法を適用し有罪にするハードルが実はさほど高くないことを、今回の判決は実績として残したのではないのか。そうした疑問を感じずにはいられません。日米同盟のじゃまになること、じゃまになる人間には事情のいかんを省みず刑事罰で臨み排除していく、ということがまかり通るなら、憲法が保障しているはずの「表現の自由」や「知る権利」などの市民的諸権利も、やがては「軍事情報の秘匿」よりも下位へと追いやられるでしょう。そして、秘匿すべき情報か否かの判断は、米国の意向、さじ加減ひとつということになりかねません。決して望ましいことではないと思います。秘匿が必要な情報か否かを主権者たる国民が検証できないままに、市民的諸権利に軍事的事情が優先する社会とは、戦争社会です。

 横浜地裁判決を新聞各紙も28日付夕刊と29日付朝刊で取り上げました。自衛隊関連のニュースの通例で、解説記事や社説ではそれぞれの新聞の自衛隊に対するスタンスの違いが反映されています。ここでは、共同通信が配信し地方紙に掲載された軍事ジャーナリスト前田哲男さんのコメントを一部紹介します。
 ミサイル防衛(MD)や在日米軍再編などで自衛隊と米軍が高度な秘密情報を共有するなど関係強化が進む中、秘密の管理や保護を厳格化する防衛省側の考えの流れに沿った判決だ。秘密保護法が本来想定した「スパイ事件」ではない情報流出に同法を適用した問題点は審理されずに終わった印象だ。

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by news-worker2 | 2008-10-30 02:15
 ノーベル物理学賞の受賞が決まった京都大名誉教授の益川敏英さんへのお祝いメッセージが、京都大学職員組合のホームページに掲載されています。
 益川敏英先生のノーベル物理学賞受賞を心よりお祝い申し上げます
 益川先生は1970年7月に京都大学職員組合に加入されました。ご在職中は、支部書記長などを歴任され、停年でご退職になるまでの永きにわたり組合員としてご活躍されました。

 たまたまなのですが、mixiのマイミクさんの日記をきっかけに、ネットでこんな記事【関連:中山妄言への有力反証】「日教組」の元書記長がノーベル賞をとった!?【blog:土曜の夜、牛と吼える。青瓢箪。】)を見かけて、上記の京都大学職員組合のサイトを見てみました。
 京都大学職員組合は、上部団体として全国大学高専教職員組合(全大教)に加盟しています。全大教のホームページからは発足当時の経緯の詳細は分からないのですが、全大教近畿のサイトには次のような記述があります。
全大教は、1989年10月29日に、当時、日本教職員組合の一専門部としての大学部(略称:日教組大学部)から、自立・独立して結成されました。独立の際には日教組の規約に従って円満に行われました。

 益川さんが京都大学職員組合の支部書記長を務めていたのがいつごろなのか、定かではありません。しかし「『日教組』の元書記長がノーベル賞をとった」と言い切ってしまうかどうかは別としても、事実関係としては、益川さんが日教組傘下の組合員であったことには間違いがないようです。
 わたしはここで、益川さんが日教組の組合員だったことをもって、中山成彬氏の日教組攻撃発言が根拠を欠いている、と強調したいわけではありません。わたしが中山氏の発言を批判する主な理由は、以前のエントリの通りです。加えて、教職員の組合は日教組だけではない、他にも教職員の組合はあるのに、中山氏はことさら日教組だけを取り上げて執拗に批判した、そのことにも大きな違和感を持っています。
 教職員の組合では、京都大学職員組合が加盟する全大教や、1991年に発足した全日本教職員組合(全教)など、80年代後半から90年代はじめにかけて、組合運動の大きな組織再編がありました。背景には、1989年の総評解散と連合全労連の2大ナショナルセンター発足に象徴される日本の労働運動の再編があります。89年前後のこうした組織再編は教職員に限ったことではなく、再編には至らなくても議論自体はどこの産業の労働組合でも多かれ少なかれ経験してきたことです。
 一つの産業分野に複数の労働運動の潮流があり、複数の労働組合が並び立つ状況は、それ自体の善し悪しは別として、それぞれの組合の存在はやはり憲法で保障された労働3権、あるいは結社の自由の具現化であり、最大限に尊重されるべきです。近年は、非正規雇用の人たちの個人加盟のユニオンなどの活動も活発で、到底「労働組合」のひと言でひとくくりにはできません。
 中山氏の発言に話を戻すと、日教組に対して「批判」を超えて「解体」「ぶっ壊す」とまで口にしたこと、「日教組の強い地域」と「学力」との相関の薄弱さに加え、教職員の組合は他にもあるのになぜ日教組を「がん」とまで言い切るのか、理解に苦しみます。中山氏は既に次の衆院選での不出馬を表明しましたが、発言を取り消したわけではありません。彼のような国会議員が現に存在することを忘れずに覚えておきたいと思います。

 中山氏の発言を批判した以前のエントリに、3人の方からコメントをいただきました。その際のレスにも書きましたが、今回のエントリも、日教組を擁護することが本旨ではありません。
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by news-worker2 | 2008-10-10 04:51 | 労働運動
 お知らせです。新聞労連や民放労連などマスメディア産業関連労組でつくる日本マスコミ文化情報労組会議(MIC)と日本ジャーナリスト会議(JCJ)が共同で運営しているサイト「憲法メディアフォーラム」に、匿名座談会「女性がメディアで働く、ということは」がアップされました。
 2005年4月に運営がスタートしたこのサイトでは年に2回、新聞や放送の現場の記者、デスクらを招いた匿名座談会が大型コンテンツとして定着しています。6回目の今回は初めて出席者を女性に限定し、女性が働く職場としてのマスメディアを話し合っています。小見出しは以下の通りです。

▽仕事とプライベートの線引きは?
▽今も昔も「男マスコミ」
▽女性問題は女性にしかわからない?
▽正規・非正規と女性差別
▽女性が生き生きと働き続けられるために

 正社員の間にある男女間の不平等と、正社員、非正社員の間の不平等との二重の不平等の構図がある中で、女性差別も双方にまたがって二重の構造となっていることを職場の実情に即して指摘するなど、内容が濃い座談会です。一読をお奨めします。
 トップページからPDF(全13ページ)で読めます。
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by news-worker2 | 2008-10-04 03:20 | 新聞・マスメディア
 弁護士でもある橋下徹大阪府知事が知事就任前、山口県光市の母子殺害事件の差し戻し審被告弁護団について、テレビ番組で「主張内容は荒唐無稽で許されない」などとして、弁護団への懲戒請求を呼び掛けていました。弁護団が橋下氏に賠償を求めていた訴訟の判決が2日、広島地裁であり、橋下氏の発言は名誉棄損に当たるとして800万円の賠償を命じました。
 *判決要旨、記者団に対する橋下氏の一問一答=いずれも共同通信
 請求額は1200万円でしたが、実質的に橋下氏の完敗です。判決は、橋下氏が弁護士として法的根拠がないことを知っていながら、あえて請求を呼び掛けたと認定しました。 判決は刑事弁護の一般論にも通じる数々の判断を示しています。「弁護士の使命は少数派の基本的人権の保護にあり、弁護士の活動が多数派の意向に沿わない場合もあり得る」「刑事弁護人の役割は刑事被告人の基本的人権の擁護であり、多数の人から批判されたことをもって懲戒されることはあり得ない」「(主張が)荒唐無稽だったとしても刑事被告人の意向に沿った主張をする以上、弁護士の品位を損なう非行とは到底言えない」などです。報道で判決要旨を読んだ限りの感想ですが、わたしは裁判官が「橋下氏が法律の専門家でありながら」という点を重視し、だからこそ悪質性が一層高いと判断した、との印象を持っています。
 訴訟では、橋下氏を出演させたテレビ局は係争の当事者になっておらず、従って判決もテレビ局については言及がないようですが、刑事裁判の原理原則、少数意見の尊重に自覚があれば、法律の専門家であってもゲストとして招く以上は人選や発言内容、発言の取り上げ方に留意すべきだったのではないかと思います。
 判決が示した刑事裁判についての数々の指摘は、裁判をどう報じるかという点で、あるいは裁判報道に限らず少数意見の尊重という観点からも、マスメディアの在り方にも深くかかわることだと思います。特に「弁護士の使命は少数派の基本的人権の保護にあり、弁護士の活動が多数派の意向に沿わない場合もあり得る」との指摘は、マスメディアにもそのままではないにせよ、相当程度当てはまるのではないかと思います。社会には多様な意見があること、少数意見は少数であるが故になおさら尊重されなければならないことをマスメディアは忘れてはならないと思いますし、わたし自身もマスメディアで働く一人として、あらためて肝に銘じています。

 光市の事件の差し戻し控訴審とテレビについては、BPO(放送倫理・番組向上機構)の放送倫理検証委員会が今年4月、各局の番組の検証結果を公表しています。

委員会決定第04号 光市母子殺害事件の差戻控訴審に関する放送についての意見
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by news-worker2 | 2008-10-03 03:31 | 憲法
 麻生内閣が発足してわずか5日、中山成彬国土交通相が28日、辞任しました。「成田空港反対派は『ごね得』」「日本は単一民族」「日教組の強いところは学力が低い」の発言3点セットに始まり、27日は日教組攻撃発言をエスカレートさせ「日本の教育のがん」「解体しなきゃいかん」「ぶっ壊せ」とまで。28日の辞任後の記者会見では、日教組に関する一連の発言だけは撤回しなかったと伝えられています。
 わたしは、中山氏の一連の発言をひとくくりに「失言」ととらえることに違和感があります。少なくとも日教組攻撃は、中山氏自身が意図的に、確信を持って表現を強めていきました。その内容たるや、失言どころではなく「問題発言」「暴言」などの表現でも収まらないくらい、多々問題を含んでいると思います。
 日教組(日本教職員組合)とは何なのかと言えば、合法的に組織されている教職員の労働組合です。労働組合は直接的に憲法28条の労働3権の規定で、国民の権利として明記されています。また21条には結社の自由も明記されています。
 仮に特定の結社、団体、労組の活動に自分の考えと相反する内容があったとして、それを批判するのは基本的に自由だと思います。それもまた表現の自由ですし、批判には反論で答え、そうやって言論の自由が社会に担保されることになります。しかし、自分の考えと相容れないからといって、相手の存在を認めないことは許されるはずもないことです。それでは民主主義は成り立ちません。
 中山氏の「日教組は解体が必要」「ぶっ壊す」などの数々の発言は、閣僚としてはもちろんのこと、国会議員として明らかに憲法遵守義務の一線を越えています。「失言」で済むレベルではなく、憲法、立憲政治に直接かかわる問題だと思います。深刻なのは、中山氏自身に、憲法をないがしろにし、民主主義を危うくする内容であることの自覚が全くうかがえないことです。自分で自分が何を言っているのか、その意味がよく分かっていないとしか思えません。

*追記(9月28日17時55分)
 時事通信が辞任後の中山氏の記者会見の一問一答をアップしました。記録の意味で、日教組攻撃発言にかかわる部分を一部引用します。
 -日教組発言を撤回しないと言ったが。
 政治家中山成彬としては撤回したという考えはない。
 -日教組に対する認識は。
 問題はごく一部の過激な分子。日教組の中にもまじめに授業に取り組んでいる先生もいるが、政治的に子どもたちを駄目にして日本を駄目にしようという闘争方針で活動している方々がいる。それが日本を駄目にしている。
(中略)
 -なぜそこまでこだわったのか。
 それほど重要な問題。なぜこんなゆがんだ教育が行われているかについて関心を引きたかった。(報道各社インタビューで)国交相の仕事は何かと質問を受け、安心安全に暮らせる日本をバトンタッチするんだと答えているうちに、そこに住む日本人をちゃんと育てないといけないという気持ちがますます強くなった。
 -日教組の問題を言って良かったか。
 もちろん良かったと思う。
 -大分の人たちはどう感じたと思うか。
 大分県を名指しで言ったのは申し訳ない。
 -昨日、宮崎でなぜああいう(日教組批判の)発言を。
 確信的にあえて申し上げた。

 「問題はごく一部の過激な分子」と言いながら、なぜ「まじめに授業に取り組んでいる先生もいる」組合を組織丸ごと解体し、ぶっ壊さなければならないのでしょうか。
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by news-worker2 | 2008-09-28 16:14 | 憲法
 きのう(25日)は前日の麻生太郎内閣の発足に続いて、米原子力空母ジョージ・ワシントンの横須賀入港など大きなニュースがありました。そして夜になって、小泉純一郎元首相が衆院議員引退の意向を後援会に伝えた、とのニュースが飛び込んできました。
 5年間にわたった小泉政治には様々な側面があります。構造改革、郵政民営化、格差社会。ハンセン病問題の決着、対米協調外交と在日米軍再編、イラク戦争支持と自衛隊のイラク派遣、靖国神社参拝と対中国関係の悪化、訪朝・拉致問題などなど。ワンワード・ポリティクス、小泉劇場、小泉チルドレンなどのキーワードもありました。5年間の功罪の評価は人それぞれだと思います。
 わたし自身の自分史を重ね合わせて振り返ると、小泉政権が誕生した2001年、わたしは当時所属していた単組(単位組合)で最初の労働組合専従を初めて経験しました。になりました。執行部経験としては2度目でした。1年後に復職し、さらに2年を置いた2004年、2回目の専従として新聞労連委員長を2年間務めました。再び復職した2006年に、小泉政権も安倍晋三政権に替わりました。小泉政治の5年間を、わたし自身は労働運動に身を置きながら過ごしたと言っていいと思います。
 いくつか忘れることができない個人的な内面の思いがあります。一つは2005年の郵政民営化選挙で、小泉首相(当時)が言い放った「労働組合は抵抗勢力」という言葉です。自分と異なった意見は認めない政治姿勢だと感じました。しかし、それゆえに明瞭で歯切れのよさが際立つ物言いでもあったのかもしれません。選挙の結果は自民党の大勝。一方的にマイナスイメージのレッテルを張られながら、しかし労働運動の側の反論も何も社会に届かなかった、そんなやるせなく切ない心情を何ともしようがありませんでした。
 労働組合が「権利」を口にするとき、外部の人たちがイメージしていたのは「既得権益」だったのだと思います。そうではなく、労働組合をそれ自体「権利」として輝かせるためには、まずすべての働く人たちが、正社員であろうと非正規雇用であろうと、等しくその「権利」を手にできるようにしなければならないと考えました。そのために、日常の運動の質が問われていると感じました。
 小泉元首相の憲法観には、何度か心底怒りを覚えました。2003年12月、自衛隊をイラクに派遣することを決めるに当たって、小泉首相(当時)は憲法の前文の一部だけを引用しました。自民党内にも批判があった靖国神社参拝に際しては、内心の自由を持ち出し、政教分離に抵触しないと強弁しました。日本国憲法を総体として読めば、およそそのような解釈など不可能なはずでした。それでいて、改憲には熱意がないように見えましたが、今から思えば、だからこそ特異な憲法観が政治的な失点につながらなかったのかもしれないと思います。
 5年間の小泉政治がわたしたちの社会に何を残したのか、その評価が定まるにはまだ時間がかかるのかもしれません。明日(26日)の朝刊各紙はそれぞれに小泉政治の功罪を様々な角度から検証し、論じていることでしょう。なるべくじっくり読み比べてみようと思います。

*追記(9月26日午前11時半)
 誤読の恐れのある表現を一部手直ししました。
 タイトルを「小泉元首相が引退へ」から変えました。
 
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by news-worker2 | 2008-09-26 03:27 | 労働運動
 海上自衛隊の護衛艦乗組員だった海上自衛隊の男性隊員が1999年、艦内で自殺したのは上官のいじめが原因だったとして、遺族が国に損害賠償を求めた訴訟で、福岡高裁が25日、請求を棄却した一審判決を見直し、350万円の支払いを命じる逆転判決を言い渡しました。直接「いじめ」という言葉で不法行為を認定しているわけではないようですが、上官に指導の域を超えた侮蔑的な言動があり、これによるストレスが原因のうつ病で自殺したと認定したようです。遺族側の逆転勝訴と言っていいと思います。共同通信の記事を引用します。

海自3曹自殺で賠償命令 国に350万、福岡高裁
 海上自衛隊佐世保基地(長崎県佐世保市)の護衛艦さわぎりの艦内で1999年、男性3等海曹=当時(21)=が自殺したのは上司のいじめが原因として、宮崎市の両親が国に2000万円の賠償などを求めた訴訟の控訴審判決で、福岡高裁は25日、請求を棄却した1審長崎地裁佐世保支部判決を変更、350万円の支払いを命じた。
 判決理由で牧弘二裁判長は「3曹はうつ病が原因で自殺したと認められ、その原因は上司の侮辱的言動によるストレス」と認定。「上司の言動は3曹をひぼうし、心理的負荷を過度に蓄積させるような内容で、指導の域を超える違法なものだ」と指摘し、自殺と因果関係があると判断、国の安全配慮義務違反を認めた。

 判決後に記者会見した原告遺族は「再発防止の第一歩は、国が上告せずに判決を受け入れることだ」と指摘しました。再び共同通信の記事を引用します。

「自衛官の人権に配慮を」 侮辱的言動の認定で両親
 海上自衛隊佐世保基地(長崎県佐世保市)の護衛艦さわぎりの艦内で男性3等海曹=当時(21)=が自殺した原因を上司の侮辱的言動と認定し、国に賠償を命じた福岡高裁判決を受けて、宮崎市に住む両親が25日午後、福岡市内で記者会見し「判決を機に、少しでも自衛官の人権に目を向けてほしい」と訴えた。
 3曹の父親は「画期的な判決をいただいた」と安堵の表情を見せ、「自殺を考えたり悩んだりしている自衛官は、ほかにもいるはずだ。再発防止の第一歩は、国が上告せずに判決を受け入れることだ」と指摘した。
 
 この「さわぎり」自殺訴訟は、以前のエントリで紹介したジャーナリスト三宅勝久さんの著書「自衛隊員が死んでいく」にもレポートが掲載されています。護衛艦乗組員の自殺をめぐる訴訟はほかにもあり、航空自衛隊では女性自衛官へのセクシャルハラスメント、退職強要をめぐる訴訟も提起されていることも紹介されています。 
 常に憲法9条との関係が論議になる自衛隊ですが、憲法との関わりでのありように様々な意見があることはひとまず置くとして、「組織と個人」の観点から考えるとき、わたしは防衛省・自衛隊がメンツにこだわることなく、一人の若い自衛官が自ら命を絶った事実に率直に向き合ってほしいと思います。原因が上官のパワーハラスメントとも呼べる言動にあったと司法が認定したことの重みは相当なものです。上官の個人的資質に問題を矮小化させることなく、組織として隊員個々人をどう守っていくのかを考えてほしいと思います。
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by news-worker2 | 2008-08-26 02:52 | 憲法